セリオ・バルディア②
アーヴェルは小さく息を吐くと、防衛大臣のもとへ向かった。
「お待たせいたしました。」
胸へ手を当て、深く礼をする。
「ガイスト軍クロイツ隊隊長、アーヴェル・クロイツです。」
「これより軍事局まで、我々が護衛いたします。」
防衛大臣は静かに頷いた。
「よろしく頼む。」
その言葉を合図に、スパーナの騎士たちが隊列を整え始める。
リオネルも大臣の傍らへ戻り、周囲へ鋭い視線を巡らせた。
アーヴェルが全体を確認し、出発を命じようとした、そのとき。
レテが街道脇の森へ顔を向けた。
「レテ?」
ログが声をかける。
レテは答えない。
木々の奥を見つめたまま、わずかに目を細めている。
「どうした。」
アーヴェルも足を止めた。
「……今、何か聞こえた気がしました。」
「何か?」
「分かりません。」
レテは森の奥へ意識を集中させる。
風が枝葉を揺らす音。
遠くで鳴く鳥の声。
それ以外には、何も聞こえない。
「精霊の声か?」
ログが尋ねた。
レテは小さく首を振る。
「違うと思います。」
「でも……嫌な感じがします。」
アーヴェルの表情が険しくなる。
「どの方角だ。」
「森の奥です。」
レテが一点を指し示す。
セリオもそちらへ顔を向けた。
先ほどまで浮かべていた笑みが消える。
光によって色彩を変えていた瞳が、森の奥を真っ直ぐに捉えた。
アーヴェルは一瞬だけ考え、すぐに判断する。
「バルディア。」
「はい。」
「行け。」
セリオの瞳が細められた。
「了解です。」
「深追いはするな。」
「異常を確認した時点で戻れ。」
「分かってますよ、隊長。」
セリオは森へ向き直る。
「リオ。」
「はい、セリオさん。」
「大臣のこと、頼んだ。」
「承知しました。」
リオネルは穏やかに頷く。
「どうかお気をつけください。」
「心配するなって。」
「セリオさんの場合、そこが一番心配なのですが。」
セリオは苦笑し、肩越しに手を振った。
「すぐ戻る。」
次の瞬間。
地面を蹴ったセリオの身体が一気に加速する。
黒髪を揺らしながら木々の間へ飛び込み、倒木を軽々と越え、瞬く間に森の奥へ姿を消した。




