セリオ・バルディア
前編
時間は少し遡る。
アーヴェルの指示を受け、それぞれの班が持ち場へ向かった直後。
軍事局へ続く街道を、アーヴェル、レテ、ログの三人が歩いていた。
先頭を進むアーヴェルは、周囲へ絶えず視線を巡らせている。
その数歩後ろを、レテとログが並んで歩いていた。
街道の両側には、会談の警備に配置された兵士たちが立っている。
普段よりも明らかに人数が多い。
それでも辺りには、不自然なほど張り詰めた空気が漂っていた。
「静かですね。」
レテが周囲を見回した。
「警備中なんだから当然だろ。」
ログが答える。
「みんな無駄口を叩かず、持ち場についてるんだ。」
「ログも静かにできるんですね。」
「あ?」
「いつも声が大きいですから。」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「任務中だぞ。」
前を歩くアーヴェルが、振り返らずに告げた。
「……すみません。」
ログが声を落とす。
その横で、レテが小さく笑った。
「お前もだ、レテ。」
「はい。すみません、隊長。」
アーヴェルは歩みを緩めない。
「今回の任務は、スパーナ防衛大臣の護衛だ。」
「軍事局へ到着するまで、気を抜くな。」
「了解です。」
「分かりました。」
二人の返事を聞き、アーヴェルは短く頷いた。
しばらく進むと、街道の先に複数の人影が見えてきた。
スパーナの紋章を掲げた一団。
中央には防衛大臣がおり、その周囲を数名の騎士が固めている。
そして、一団の前方にいた青年が、こちらへ気づいて大きく手を振った。
「おーい! 隊長!」
緊張感の欠片もない声が、街道へ響き渡る。
アーヴェルの眉間に皺が寄った。
「……予定より早いな。」
「セリオさんです。」
レテが呟く。
「見れば分かる。」
ログが呆れたように息を吐いた。
「相変わらず目立つ人だな。」
二十代ほどに見える青年、セリオ・バルディアは護衛の一団から離れ、そのままこちらへ駆け寄ってきた。
黒髪は後ろと横が軽く整えられている一方、前髪だけがやや長く、目元へ無造作にかかっている。
端正な顔立ちに浮かぶ笑みは人懐っこく、軍人というより気さくな青年に見えた。
だが、その瞳だけは一色ではなかった。
光の当たり方によって青や紫、緑や金が淡く混じり合い、見る角度ごとに色彩を変えている。
「遅いですよ、隊長!」
「到着予定時刻より早く来たのは、お前たちだ。」
アーヴェルが冷静に返す。
「道が空いてたんだから、早く着いてもいいじゃないですか。」
「事前に連絡を入れろ。」
「そこまで早く着くとは思わなかったんですよ。」
「なら、到着してから迎えの位置を動くな。」
「細かいですね、隊長は。」
「任務中だ。」
「俺も任務中ですよ?」
「だから問題なんだ。」
セリオが不満そうに口を尖らせる。
その後ろから、スパーナの騎士が一人、静かに歩み寄ってきた。
こちらも二十代ほどに見える青年だった。
陽光を受けて輝く金髪は短く整えられ、前髪は清潔感のある形で横へ流されている。
澄んだ蒼の瞳。
柔らかく整った顔立ち。
真っ直ぐに伸びた背筋と落ち着いた立ち振る舞いには、騎士としての品格があった。
リオネル・アクアリスはアーヴェルの前で足を止め、胸へ手を当てて頭を下げる。
「申し訳ありません、クロイツ殿。」
「予定より早く到着したのは、こちらの判断です。」
アーヴェルは青年へ向き直った。
「アクアリス殿。」
「道中に問題がなく、想定より早く進めたため、そのまま到着を優先いたしました。」
リオネルは真っ直ぐにアーヴェルを見る。
「連絡が間に合わなかったこと、お詫びいたします。」
「事情は分かりました。」
アーヴェルは短く頷いた。
「無事に到着されたのであれば、問題ありません。」
「ありがとうございます、クロイツ殿。」
リオネルが再び一礼する。
その隣で、セリオが得意げに胸を張った。
「ほら、リオもこう言ってるでしょう?」
リオネルは少し困ったように笑った。
「セリオさん。クロイツ殿の仰ることはもっともです。」
「リオまでそっちにつくのか?」
「任務中ですから。」
「真面目だなあ。」
「セリオさんが自由すぎるのだと思います。」
「お前は黙っていろ。」
アーヴェルが告げる。
「はい。」
あまりに素直な返事に、ログが吹き出しそうになって顔を背けた。
セリオが睨む。
「何か言ったか、ログ?」
「何も言ってません。」
アーヴェルはセリオの背後へ視線を向けた。
防衛大臣は騎士たちに守られながら、こちらを待っている。
「道中に異常は?」
「ありませんでした。」
セリオが即答する。
「魔物も出ませんでしたし、怪しい奴も見てません。」
リオネルも静かに頷いた。
「こちらでも異常は確認しておりません。」
「そうか。」
「俺がいたから、出てこなかっただけかもしれませんけどね。」
セリオは得意げに笑う。
ログが小さく呟いた。
「出てくる前に逃げたんじゃないか。」
「聞こえてるぞ。」
「何も言ってませんって。」




