乙女座
――その時。
思い出す。
「…………」
そうだ。
あの白いマントの女。
最後に。
言っていた。
『その子のお付きの人も奥で気絶してるよー!』
「……侍女」
まだ。
安心するのは早い。
ジルを。
抱き直す。
「行くぞ」
返事はない。
小さな。
寝息だけ。
建物の。
奥へ進む。
「おーい!」
「…………」
返事はない。
「いるか!」
薄暗い。
廊下。
所々。
壁が崩れ。
床には。
瓦礫が散らばっている。
「…………」
さらに。
奥へ。
「おーい!」
「…………!」
いた。
開けた部屋。
その床に。
一人の女が。
倒れている。
「おい!」
間違いない。
姉上が。
ジルを預けた。
侍女だ。
「大丈夫か!」
駆け寄ろうとして。
「…………」
止まる。
腕の中。
ジル。
このままじゃ。
何もできない。
「…………」
周囲を見回す。
壁際に。
長椅子。
「ジル」
そっと。
横たえる。
自分の上着を。
丸めて。
頭の下へ。
「少しだけ待っててくれ」
頬を。
軽く撫でる。
そして。
侍女へ。
駆け寄る。
「おい!」
しゃがみ込む。
「大丈夫か!」
肩へ。
手を伸ばした。
――ヒュッ!
「!」
咄嗟に。
身体を逸らす。
何かが。
目の前を通り過ぎた。
――ガン!
「…………!」
床に。
細長い。
鉄の杭。
「なんだ……?」
あと少し。
遅れていたら。
腕を。
貫かれていた。
「誰だ!」
立ち上がる。
ジルと。
侍女を。
背中に庇う。
「出てこい!」
――コツ。
「…………」
足音。
廊下の奥。
――コツ。
――コツ。
一人の女が。
暗闇から。
姿を現す。
「…………!」
その顔を。
見た瞬間。
「……リシェル?」
名前が。
口から零れた。
乙女座。
ヴィルネ族を束ねる。
族長。
リシェル・ヴィルネ。
「なんで……貴女がここに?」
「…………」
答えない。
リシェルは。
ただ。
俺を。
睨んでいる。
「リシェル?」
「この……」
「?」
細い指が。
動く。
その指の間。
銀色の杭。
「裏切り者!」
――ヒュッ!
「なっ!?」
一本。
咄嗟に。
首を傾ける。
――ヒュヒュッ!
「!?」
増えた。
一本だった。
はずの杭が。
目の前で。
三本に。
「くっ!」
身体を。
捻る。
一本。
頬を掠める。
二本目。
肩の横。
三本目。
――ガン!
背後の壁へ。
突き刺さる。
「何するんだ!」
「何を……?」
リシェルの。
顔が歪む。
「よくも……そんなことを!」
「は?」
「王宮を襲い!」
「…………?」
「陛下を裏切り!」
「待て!」
「ルミナスを奪おうとしておいて!」
「チッ!」
なんだ。
何を。
言ってる?
「俺が王宮を襲った?」
「今さらしらを切るつもり?」
「違う!」
なんで。
そうなる。
「俺達が襲われたんだ!」
「…………!」
「俺だって何が起きてるか分からない! 姉上ともセヴェルとも逸れて――」
「ナーラ様まで……」
「?」
リシェルの。
目が。
鋭くなる。
「巻き込んだのね」
「違うって言ってるだろ!」
「黙りなさい!」
リシェルが。
右手を振る。
いつの間にか。
その指には。
また一本。
鉄杭。
「《射恋》」
「…………!」
霊器。
あの杭が。
リシェルの。
霊器。
――ヒュッ!
「くっ!」
飛んでくる。
一本。
右へ。
避ける。
――ガン!
杭が。
壁へ突き刺さる。
「…………」
外した?
いや。
リシェルは。
もう。
次を投げている。
――ヒュッ!
「っ!」
今度は。
左。
避ける。
――キィン!
「!?」
金属音。
今。
投げた杭が。
さっき壁へ刺さった杭に。
当たった。
跳ねる。
軌道が。
変わった。
「なっ!」
――ザッ!
「ぐっ!」
脇腹を。
掠める。
血が。
飛ぶ。
「……反射?」
「…………」
リシェルは。
答えない。
また。
一本。
投げる。
「くそっ!」
避ける。
――キン!
また。
杭に。
当たった。
「…………!」
違う。
反射する。
能力じゃない。
あいつ。
狙って。
当ててる。
「…………」
壁。
床。
柱。
さっきから。
外れた杭。
全部。
位置が。
バラバラ。
なのに。
リシェルは。
一度も。
確認してない。
「まさか……」
覚えてる?
どこに。
どの角度で。
杭が刺さったのか。
全部。
「…………」
乙女座の。
加護。
記憶力。
「気づきましたか?」
「…………っ」
リシェルが。
一本の《射恋》を。
指先で。
構える。
「だったら――」
投げる。
「!」
一本。
正面。
「それくらい!」
避けようとした。
瞬間。
一本の杭が。
空中で。
二本。
四本。
八本。
「なっ!?」
さらに。
増える。
「こっちが……能力か!」
十を超える。
細い鉄杭が。
一斉に。
俺へ。
襲いかかる。
「くそっ!」
両腕を。
前へ。
《灼獅》を。
構える。
――ガガガガガン!!
銀爪で。
弾く。
弾く。
弾く。
「ぐっ!」
一本が。
腕を掠める。
さらに。
一本。
足元。
一本。
背後の壁。
「…………!」
まずい。
俺の。
後ろには。
ジルがいる。
侍女も。
倒れている。
「…………」
一歩も。
退けない。
リシェルが。
再び。
《射恋》を構える。
「…………リシェル」
両腕を。
広げる。
二人を。
完全に。
背中へ隠す。
「何を勘違いしてるのか知らんが……」
体温を。
上げる。
ゴォォォォォッ。
《灼獅》が。
俺の熱を。
吸い込んでいく。
「こいつらには――」
銀色の爪を。
構える。
「指一本」
リシェルを。
睨む。
「触れさせない」




