短い命令
◇ ◇ ◇
翌朝。
「…………」
目を覚まして。
最初に目に入ったのは。
馬車だった。
「…………」
いや。
馬車なのは。
間違いない。
間違いないんだけど。
「…………なにこれ」
昨日までは。
なかったものがある。
馬車の上。
そこに。
大きな布が。
帆のように張られていた。
しかも。
木材で作られた骨組みに。
しっかりと固定されている。
「あぁ! おはよう!」
「…………」
パイルさん。
「おはようございます……」
「よく眠れた?」
「はい……」
もう一度。
馬車を見る。
「あの……これは?」
「うん!」
パイルさんが。
爽やかに笑った。
「これで早く着けるよ!」
「…………」
「…………」
「え?」
◇ ◇ ◇
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
風。
風。
風。
「死ぬ! ほんとに死ぬ!」
ガタガタガタガタ!
昨日より。
明らかに速い。
「ルミナスに着く前にぃぃぃぃぃ!」
「《追風》!」
パイルさんが。
帆へ向けて術を放つ。
「《追風》!」
フィリアも。
同じように。
風の術を放った。
大きく張られた帆が。
風を受け。
パンッ!
と。
勢いよく膨らむ。
「速い速い速い速い!」
馬達には。
昨日と同じく。
ユノの《活火》。
身体能力を引き上げながら。
レテの《水衣》で。
上がりすぎる体温を冷やす。
水分も補給させ。
そこへ。
新たに。
二人分の風。
馬。
活火。
水衣。
追風。
全部が合わさって。
「いやぁぁぁぁ!」
馬車が。
とんでもない速度で。
大地を駆け抜けていた。
「いやー!」
パイルさんが。
楽しそうに帆を見上げる。
「昨日、ログくんが作ってくれたんだ! さすがは鍛冶屋だ!」
「いやー! それ程でも!」
ログが。
照れたように頭を掻く。
そして。
俺を見る。
「…………」
「…………」
ふっ。
鼻で笑った。
そのまま。
親指を立てる。
「ログぅぅぅぅ!」
お前!
絶対。
分かってて作っただろ!
「あの……隊長」
「どした?」
ユノが。
後ろを振り返る。
「アルトさん……大丈夫ですかね?」
「んー」
バルガス隊長も。
ソリの上で必死に踏ん張る俺を見る。
「まぁ、大丈夫だろ!」
一拍。
「多分!」
「多分!?」
「アルトくーん!」
レテが。
馬車から身を乗り出す。
「大丈夫ですかー?」
「じゃなぁぁぁぁい!」
「あっはははは!」
フィリアが。
腹を抱えて笑っている。
「お腹痛い! アルト、顔すごい!」
「フィリアぁぁぁ!」
「ダッハハハハ!」
バルガス隊長まで。
笑い始める。
「だが、坊主!」
「なんですかぁぁぁ!」
「この速度なら!」
「はいぃぃぃ!」
「明日には合流地点に着くぞ!」
「…………!」
明日。
「ほんと!?」
「ほんとほんと!」
「…………」
だったら。
「じゃあ頑張る!!」
「おう! その意気だ!」
「よし!」
パイルさんが。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ、もっとスピード上げよう!」
「…………」
「は……?」
「フィリアくん!」
「はーい!」
「もう一回いくよ!」
「はい!」
「ちょ」
帆が。
さらに大きく膨らむ。
「待っ――」
ガクンッ!
身体が。
後ろへ持っていかれる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
◇ ◇ ◇
「ダッハハハハ!」
夕暮れ。
バルガス隊長が。
豪快に笑う。
「すごいな! 今日中に着くなんて!」
「…………」
その少し離れた場所。
「うっ……おぇ……」
俺は。
地面に手をついていた。
「…………もう……ソリ……嫌だ……」
「アルトさん……」
ユノが。
心配そうに俺を見る。
その手は。
馬達へ向けられていた。
「《暖脈》」
柔らかな熱が。
走り続けた馬達の身体を包んでいく。
「馬も潰れずによかったです……」
「ユ……ユノ……」
「はい?」
「俺にも……それを……」
「…………」
ユノが。
困ったように笑う。
「アルトさんには、僕は術をかけられません」
「…………」
そうだった。
「俺……精霊に怖がられるんだった……」
忘れてた。
「アルトくん……」
「…………?」
レテが。
しゃがみ込む。
「これを……」
差し出されたのは。
一杯の水。
「あ、あ……ありがとう……」
受け取って。
一気に飲む。
「…………」
冷たい。
水が。
身体に染み込んでいく。
「……あれ?」
さっきまでの。
気持ち悪さが。
少しずつ引いていく。
「あー……なんか楽になった!」
「よかったです」
「すごい!」
そこで。
気づく。
「…………あれ?」
「はい?」
「レテ」
コップを見る。
ただの水じゃない。
「固有術……また使えるようになったんだ!」
「…………」
レテが。
少しだけ目を丸くする。
そして。
苦笑した。
「まだ、全快ってわけではないですけどね」
「…………」
ヴォルグで。
レテは俺に治癒をかけてから。
治癒の固有術が。
使えなくなっていた。
でも。
また。
使えるようになったみたいだ。
「…………よかった」
「はい」
レテが。
柔らかく笑った。
「さて」
パイルさんが。
バルガス隊長を見る。
「バルガス隊長」
「あぁ」
それまで。
笑っていたバルガス隊長の表情が。
変わる。
「お前ら!」
「…………」
一気に。
場の空気が締まった。
俺も。
立ち上がる。
「聞け!」
全員が。
バルガス隊長を見る。
「ここがロイドとの合流地点だ!」
「…………」
「ロイドと合流後、俺達はルミナスへ入る!」
ルミナス。
ついに。
ここまで来た。
「いいか……」
バルガス隊長の声が。
低くなる。
「ここから先は敵地だ!」
「…………」
「基本は部隊のままで動く!」
全員が。
黙って聞く。
「絶対に逸れるな!」
一拍。
「特にアルト!」
「はい!」
即答する。
「お前はマジで勝手に行くなよ!」
「はい!」
「逸れた場合は、無理に合流しようとするな!」
「…………」
「まず逃げろ!」
バルガス隊長が。
俺達全員を見渡す。
「敵が何人いるかも分からねぇ! 何が起きてるかも分からねぇ!」
そして。
最後に。
「死ぬな!」
「…………」
短い。
ただ。
それだけ。
「以上だ!」
「はい!」
俺達の声が。
重なった。
もう。
ルミナスは。
すぐそこだった。




