高速馬車
◇ ◇ ◇
「ひぃぃぃぃ!」
風が。
顔に叩きつけられる。
「ねぇ! これ俺だけおかしくない!?」
「ダッハハハハ!」
前を走る馬車から。
バルガス隊長の笑い声が聞こえてきた。
「しょうがないだろ! お前が馬車に乗ったらユノが術使えねぇからな!」
「分かってる! 分かってるけど!」
ガタガタガタガタ!
「他に方法なかったのぉぉぉぉ!」
「大丈夫だよ!」
馬車から。
パイルさんが顔を出す。
「何かあれば僕の術で君を引き寄せるから!」
「そういう問題じゃないでしょぉぉぉぉ!」
どうして。
こんなことになったのか。
話は。
出発直後まで遡る。
◇ ◇ ◇
ルミナスまでは。
馬車でおよそ五日。
長旅になると聞いていた俺は。
当然のように。
みんなと同じ馬車へ乗り込もうとした。
「待てぃ」
「?」
後ろから。
バルガス隊長に肩を掴まれる。
「お前はこっちだ!」
「こっち?」
指差されたのは。
馬車の後ろ。
「…………」
そこには。
馬車から伸びた丈夫そうな縄と。
その先に繋がれた。
板のようなものがあった。
「これは……ソリ?」
人一人が。
なんとか乗れるくらいの大きさ。
「乗れ」
「え?」
「乗れ!」
「…………」
パイルさんが。
俺の肩に手を置く。
「乗って」
「…………」
二人を見る。
ソリを見る。
もう一度。
二人を見る。
「……俺だけ?」
「そうだ!」
「…………」
理由は。
分かってる。
俺が馬車に乗れば。
ユノの精霊が怯えてしまう。
そうなれば。
精霊の力を借りる術も使えない。
だから。
距離を取らなきゃいけない。
分かってる。
ちゃんと。
分かってるけど。
「せめてもうちょっと大きいのなかったんですか?」
「ない!」
「…………」
終わった。
◇ ◇ ◇
そして。
今に至る。
「ひぃぃぃ!」
ガタガタガタガタ!
ソリが。
地面を跳ねる。
「あ! 危ない! 危ないって!」
一方。
馬車の方では。
「ユノ君!」
「はい!」
ユノが。
馬達へ手を向ける。
「《活火》」
ふわりと。
熱が広がる。
馬達の身体能力が。
一気に引き上げられた。
力強く。
地面を蹴る。
それと同時に。
体温も上昇していく。
「《水衣》」
レテの術が。
重ねられる。
薄い水の膜が。
走る馬達の身体を包み込む。
上がりすぎる体温を冷やし。
さらに。
馬達の口元へ水を運び。
走りながら。
少しずつ飲ませていく。
「わぁー! すっごい早いよー!」
フィリアの。
楽しそうな声。
「ヴォルグの時にもやった奴だな」
ログが。
走る馬達を見る。
「相変わらず無茶苦茶な速度だな……」
「ダッハハハハ!」
バルガス隊長が。
豪快に笑う。
「本来、術者の防御力を上げる《水衣》をこんな風に使うたぁ……やるな! 嬢ちゃん!」
「ありがとうございます!」
レテが。
少し照れたように答える。
「でも、ユノ君の《活火》があってこそですよ」
「いやぁ、レテさんが馬の体調を見てくれてるからですよぉ」
「二人とも大したもんだ!」
「いやいやいや!」
俺は。
それどころじゃない。
「うわっ! あ! 危ないって! 落ちる!」
ソリが。
小石を踏む。
ガンッ!
「ひぃっ!」
身体が浮いた。
なんとか。
着地する。
「はっはは!」
パイルさんが。
楽しそうに笑っている。
「ほら! 君のその魔器でバランスを取って!」
「パイルさん楽しんでるでしょ!」
「うん!」
即答。
「とても!」
「くっそぉぉぉ!」
この人。
爽やかな顔して。
絶対楽しんでる!
「こんなの――」
ガンッ!
「あっ」
さっきより。
大きな衝撃。
足が。
ソリから離れた。
「…………」
身体が。
宙に浮く。
「あ」
馬車が。
遠ざかる。
「飛ばされたぁぁぁぁ!」
「アルトくん!」
レテの声。
「アルト!」
フィリアの声。
「何やってんだ!」
ログの声。
まずい。
このままじゃ。
地面に――
「《風呼び》」
パイルさんの声。
「……え?」
瞬間。
風が。
身体にまとわりついた。
そのまま。
ぐんっ!
「うわっ!」
身体ごと。
馬車の方へ引っ張られる。
「お、お、おおおお!」
ソリが。
近づいてくる。
そして。
真上まで来た瞬間。
風が。
ふっと弱くなった。
「うわっ!」
ドンッ!
なんとか。
ソリの上へ着地する。
「…………」
そのまま。
へたり込んだ。
「……死ぬかとおもた……」
「ダッハハハハ!」
バルガス隊長の。
笑い声が響く。
「ちゃんと戻ってきたじゃねぇか!」
「一回飛ばされてるんですよ!」
「アハハハハ!」
今度は。
フィリアまで笑い出す。
「アルト! すっごい飛んでたよ!」
「笑い事じゃないって!」
「ごめんごめん! アハハハ!」
「絶対反省してないだろ!」
「アルトくん」
レテが。
心配そうにこちらを見る。
「本当に大丈夫ですか?」
「レテ……」
この中で。
唯一。
心配してくれる人がいた。
「大丈夫じゃないです……」
「そうですか……」
「次、レテ代わってくれません?」
「嫌です」
「即答!」
「それとこれとは別です」
「レテぇぇぇ!」
「ダッハハハハ!」
笑い声を響かせながら。
馬車は。
ルミナスへ向けて。
とんでもない速度で走っていった。




