憶測で死ぬ
「…………」
ガオンのいる国。
そこへ行けばいい。
そう思った。
でも。
今のルミナスで。
誰が味方で。
誰が敵なのか。
俺達には、まだ何も分かっていない。
「まずは……ノアだ」
イグナーツさんが手紙を畳む。
「ノアに報告する」
「軍事局長に?」
「あぁ。ここから先は、情報局だけで決める話じゃない」
イグナーツさんが歩き出す。
「アーヴェル」
「はい」
「お前も来い」
「分かりました」
「アルトもだ」
「はい」
◇ ◇ ◇
軍事局。
ノアさんの部屋へ向かい。
扉を叩く。
「クロイツです」
「どうぞ」
中から声が返ってきた。
「失礼します」
扉を開ける。
「はぁ……」
机に向かっていたノアさんが。
俺達を見るなり。
大きく息を吐いた。
「今、呼ぼうとしていましたよ。アーヴェル隊長」
「私を、ですか?」
「えぇ」
ノアさんの赤い瞳が。
俺達を順番に見る。
「それで?」
「ルミナスについてです」
「…………」
アーヴェル隊長が。
先ほど分かったことを報告していく。
ルミナスからの定期便が途絶えていること。
商隊や旅人の行き来にも異変が出ていること。
国境付近で。
ルミナス王国軍の兵士が保護されたこと。
そして。
王宮が襲撃されたこと。
軍にも裏切った者がいるらしいこと。
最後に。
ガオンからの手紙を持った兵士が。
命懸けでガイストまで逃れてきたこと。
「以上です」
「…………」
ノアさんは。
驚かなかった。
それどころか。
「えぇ」
小さく頷く。
「知っていましたよ」
「…………え?」
思わず。
ノアさんを見る。
「知ってた?」
「正確には、ある程度ですが」
「どこからその情報を?」
イグナーツさんが聞く。
「キール・ヘペス」
「…………」
「彼に喋らせました」
「キールに……?」
アーヴェル隊長の表情が変わる。
だが。
俺の頭には。
別の言葉だけが残っていた。
知っていた。
「…………いつからですか」
「アルト?」
「いつから知ってたんですか」
ノアさんの赤い瞳が。
俺を見る。
「少なくとも、今日初めて知ったわけじゃないんですよね?」
「そうですね」
「だったら!」
声が。
勝手に大きくなる。
「なんで、すぐに助けに行かなかったんですか!」
「アルト」
アーヴェル隊長が止める。
でも。
止まれなかった。
「ガオンがいるんですよ!」
「…………」
「王宮が襲われるかもしれないって分かってたなら、なんで!」
「アルトくん」
ノアさんの声は。
変わらない。
「君は」
俺を真っ直ぐ見る。
「事実かどうかも分からない情報だけで兵を動かし、他国へ向かうのですか?」
「それは……」
「ルミナスは友好国です」
「だったら助けに――」
「友好国だからこそです」
「…………」
「考えてください」
静かな声。
なのに。
さっきよりも。
ずっと重かった。
「確証のない情報を理由に、武装したガイストの兵が国境を越える」
「…………」
「ルミナス側から見れば、どう見えます?」
「…………」
「いくら友好国といえど、そんなことをすれば関係悪化につながる可能性がある」
ノアさんが続ける。
「最悪の場合」
一拍。
「侵略だと思われ、攻撃を受けるかもしれない」
「…………」
「そして」
赤い瞳が。
僅かに細くなる。
「その時に死ぬのは、誰です?」
「…………」
「君ですか?」
「…………」
「レオニス殿下ですか?」
「…………」
「違う」
ノアさんが言う。
「命令された兵士です」
「…………」
「何も知らず、国境を守っているルミナスの兵士です」
言葉が。
出てこない。
「アルトくん」
「…………」
「人が」
ノアさんが。
静かに言った。
「憶測で死ぬんですよ?」
「…………」
何も。
言い返せなかった。
助けに行けばいい。
そんなことしか。
考えていなかった。
「ですが」
ノアさんが。
机の上に置かれていた書類を手に取る。
「状況は変わりました」
「え?」
「キール・ヘペスから得た証言」
一枚。
「情報局が集めた、ルミナス周辺の不自然な人と物の流れ」
もう一枚。
「そして今回、実際にルミナス王国軍の兵士がガイストへ到達した」
最後に。
ガオンの手紙を見る。
「これだけ揃えば」
ノアさんが立ち上がる。
「動く理由になります」
「…………!」
「今回の任務を伝えます」
空気が。
変わった。
さっきまでの会話ではない。
軍事局長として。
ノア・ヴァルハイトが。
俺達へ命令する。
「任務は、ルミナス国内における状況調査」
そして。
「敵対勢力が確認された場合、その無効化です」
「敵対勢力の……」
「無効化」
ノアさんが頷く。
「ただし、現時点では誰が敵かも分かっていません。勝手な判断で戦闘を始めることは禁止します」
「…………はい」
「今回の任務には、各隊から人員を出してもらいます」
「各隊から……」
「えぇ。編成についてはこちらで決定します」
「了解しました」
アーヴェル隊長が答える。
「では、私も準備を――」
「いえ」
「?」
ノアさんが。
アーヴェル隊長を見る。
「アーヴェル隊長」
「はい」
「あなたは国に残りなさい」
「…………」
「私が、ですか?」
「えぇ」
「理由をお聞きしても?」
「もちろん」
ノアさんが。
机に広げられた地図へ目を落とす。
「今回の一件が」
指先が。
ルミナスから。
ガイストへ向かう。
「ルミナスだけで終わる保証がありません」
「…………」
「ルミナスで何が起きているのか。誰が動いているのか。その目的すら、まだ分かっていない」
ノアさんが顔を上げる。
「だからこそ」
赤い瞳が。
アーヴェル隊長を捉える。
「あなたはガイストに残る」
「…………」
「アーヴェル・クロイツ」
一拍。
「あなたは、この国の防衛の要です」
「…………」
アーヴェル隊長は。
しばらく何も言わなかった。
ガオンは。
アーヴェル隊長の預かりだった。
きっと。
行きたいはずだ。
それでも。
「……了解しました」
隊長は。
それ以上。
何も言わなかった。




