遠のく日々③
「ルミナス王国軍……」
アーヴェル隊長が呟く。
「あぁ」
イグナーツさんがすぐに机を離れた。
「どこにいる」
「医務室へ運ばれています」
「意識は?」
「発見された時にはあったそうですが、現在は分かりません」
「分かった。案内しろ」
「はい」
局員が部屋を出る。
イグナーツさんも後を追う。
「先輩」
「アーヴェルも来い」
「はい」
「アルト」
「はい!」
俺も。
二人の後を追った。
廊下を歩きながら。
頭の中に。
さっきの言葉が残っている。
酷い怪我。
ルミナス王国軍の兵士。
どうして。
そんな人が。
ガイストとの国境近くで倒れていた?
「…………」
足が。
自然と速くなる。
◇ ◇ ◇
医務室に入ると。
何人もの人が動き回っていた。
「包帯を!」
「こっちだ!」
「傷を押さえろ!」
「…………」
血の匂い。
その中心。
一つの寝台に。
男が横たわっていた。
「…………っ」
思わず。
息を呑む。
酷い。
服は。
あちこち破れている。
乾いた血と。
まだ新しい血。
身体の至るところに傷があった。
「これは……」
アーヴェル隊長の声が低くなる。
「魔獣にでも襲われたのか?」
「いえ」
治療をしていた人が首を横に振る。
「傷の多くは魔器によるものです」
「…………」
魔器。
つまり。
人にやられた?
「話せるか?」
イグナーツさんが聞く。
「今は――」
「……ぅ……」
「!」
寝台の男が。
僅かに動いた。
「意識が戻ったぞ!」
「無理に動かさないでください!」
「…………」
男の目が。
ゆっくりと開く。
焦点が。
合っていない。
「ここ……は……」
「精霊国家ガイストだ」
イグナーツさんが答える。
「ガイ……スト……」
「あぁ。国境付近で倒れていたところを、うちの兵が見つけた」
「…………」
男の目が。
少しだけ見開かれる。
「ガイスト……」
その声が。
震えた。
「よかっ……た……」
「?」
よかった?
「名前は?」
「…………」
男が。
何かを言おうとする。
だが。
声にならない。
「無理に喋らなくていい」
アーヴェル隊長が言う。
「今は治療を――」
「だめ……だ……」
「…………」
「時間が……ない……」
男の手が。
震えながら動く。
そして。
自分の胸元へ。
「おい、動くな」
「これ……を……」
「?」
服の内側。
そこから。
何かを取り出そうとしている。
イグナーツさんが手を貸す。
「これか?」
「…………」
出てきたのは。
小さな。
布包み。
血で。
赤く染まっている。
「これは?」
「ガイスト……へ……」
「俺達に?」
男が。
僅かに頷く。
イグナーツさんが。
布を開く。
「…………」
中に入っていたのは。
一通の手紙だった。
「手紙?」
俺が覗き込む。
封には。
紋章。
「…………」
アーヴェル隊長の目が細くなる。
「レオニス家の紋章か?」
「え?」
ガオンの?
「誰から預かった」
イグナーツさんが聞く。
「…………」
男の唇が。
僅かに動く。
「ガ……オン……」
「!」
身体が。
勝手に前へ出た。
「ガオンから!?」
「アルト」
「っ……すみません」
でも。
ガオン。
やっぱり。
何かあったんだ。
「レオニス殿下……から……」
男が苦しそうに息を吸う。
「ガイスト……まで……届けろと……」
「レオニスは無事なのか?」
アーヴェル隊長が聞く。
「…………」
男は。
すぐには答えなかった。
「おい」
「…………王宮……が……」
「王宮?」
「襲われ……ました……」
「…………」
部屋が。
静まり返る。
「誰に」
イグナーツさんの声から。
さっきまでの軽さが消えた。
「誰が王宮を襲った」
「分かり……ません……」
「ルミナス軍ではないのか?」
「軍……にも……」
男の呼吸が。
荒くなる。
「裏切った……者が……」
「…………」
アーヴェル隊長と。
イグナーツさんが。
目を合わせた。
「クーデター……か?」
「…………」
男は答えない。
いや。
答えられない。
「それでレオニスは?」
隊長が聞く。
「…………殿下は……」
男の手が。
僅かに震える。
「王宮で……」
「…………」
「戦って……」
そこで。
男の身体から。
力が抜けた。
「おい!」
「下がってください!」
治療をしていた者達が。
一斉に寝台を囲む。
「意識を失っただけです! まだ息はあります!」
「…………」
俺は。
動けなかった。
王宮が。
襲われた。
軍にも。
裏切った人がいる。
そして。
ガオンは。
そこで戦っている。
「…………ガオン」
拳を握る。
その横で。
イグナーツさんが。
血に濡れた手紙を見ていた。
「先輩」
「あぁ」
アーヴェル隊長が近づく。
「開けますか」
「そのために持ってきたんだろう」
封を切る。
紙を開く。
「…………」
イグナーツさんの目が。
上から下へ動いていく。
そして。
止まった。
「何て書いてあるんですか?」
「…………」
「イグナーツさん?」
返事がない。
「先輩」
「アーヴェル」
手紙を。
アーヴェル隊長へ渡す。
「読め」
「…………」
隊長が受け取る。
数秒。
「…………っ」
顔色が変わった。
「隊長?」
なんだ?
何が。
書いてある?
「アルト」
「はい」
隊長が。
俺を見る。
「出発の準備をしろ」
「…………え?」
「ルミナスへ向かう」
「!」
思わず。
手に力が入る。
「はい!」
「待て」
イグナーツさんだった。
「…………」
「先輩?」
「行くなとは言ってない」
イグナーツさんが。
地図へ視線を落とす。
「だが、正面から入るのは駄目だ」
「なぜです?」
「考えてみろ」
指が。
ルミナスの国境をなぞる。
「王宮が襲われた。軍にも裏切り者がいる。そして人の出入りが止まっている」
「…………」
「今のルミナスで」
イグナーツさんが。
俺達を見る。
「どこまでが敵か分からん」
「…………」
ガオンのいる国。
そこへ行けばいい。
そう思った。
でも。
違う。
ガオンに辿り着くまでに。
何が待っているのか。
俺達には。
まだ何も分かっていなかった。




