遠のく日々
目の前には。
山のように積まれた書類。
各部隊で使用した備品の数。
訓練場の利用記録。
破損した装備の報告。
それから。
「…………」
なんだこれ。
読む。
もう一度読む。
「隊長」
「なんだ」
「これ、何て書いてあるんですか?」
紙を差し出す。
アーヴェル隊長が目を通す。
「第三訓練場の補修申請だ」
「…………」
紙を見る。
隊長を見る。
もう一度。
紙を見る。
「どこに書いてあるんです?」
「ここだ」
指を差される。
「…………」
分からない。
「難しい顔をするな」
「いや……文字は読めるんですけど」
「なら読め」
「読めるのと意味が分かるのは別じゃないですか?」
「…………」
隊長が俺を見る。
少し考えて。
「……間違ってはいないな」
「ですよね」
「だが読め」
「はい……」
もう一度。
書類へ目を落とす。
「でも、こういうのってもっと簡単に書いちゃ駄目なんですか?」
「駄目だ」
「なんでです?」
「記録だからだ」
「記録?」
「あぁ。誰が読んでも同じ意味になるように書く必要がある」
「…………」
「お前のように『なんか壊れてました』では駄目だ」
「俺、そんな報告しました?」
「昨日した」
「…………」
した気がする。
「あと『ちょっとヒビ入ってます』」
「それも俺?」
「お前だ」
「…………」
「『たぶんまだ使えます』」
「それは覚えてます」
「覚えているなら直せ」
「はい……」
机の端。
赤で書き直された俺の報告書を見る。
ほとんど。
別の文章になっていた。
「軍人って大変なんですね」
「今更か」
「戦ったり、街を守ったりするのが仕事だと思ってました」
「それも仕事だ」
「紙と戦うのも?」
「そうだ」
「強敵ですね」
「手を動かせ」
「はい」
再び。
書類へ向かう。
「…………」
しばらくして。
ふと。
机の端に置かれた一枚の紙が目に入った。
他の書類とは違う。
数日前。
届いたばかりの。
あの手紙。
「…………」
「気になるか」
「え?」
「レオニスの手紙だ」
「あぁ……」
やっぱり。
隊長も気にしていたのか。
「何か分かりました?」
「いや」
アーヴェル隊長が手紙を取る。
「イグナーツ先輩にも見せたが、今のところルミナスから目立った情報は入っていない」
「そうですか」
「ただ」
手紙へ目を落とす。
「やはり妙だ」
「…………」
あの日。
俺も読ませてもらった。
最初は。
ガオンって。
本当に王族だったんだな。
そんなことを思っただけだった。
でも。
アーヴェル隊長と。
イグナーツさんは。
違うところを見ていた。
「レオニスの留学については、まだ正式な決定が出ていない」
「はい」
「にもかかわらず、この文面では」
隊長の指が。
一文をなぞる。
「もうガイストへ戻らないことを前提にしているように読める」
「本人が勝手にそう思ってるだけってことは?」
「もちろんある」
「じゃあ」
「だから断定はしていない」
「…………」
隊長が。
手紙を机へ戻す。
「分からないものを、分かったことにするな」
「…………」
「だが、分からないからといって捨てるな」
「難しいですね」
「そうだな」
「…………」
あっさり認めた。
「隊長でも難しいんですか?」
「当たり前だ」
「なんか意外です」
「俺を何だと思っている」
「何でも知ってる人」
「そんな人間はいない」
「イグナーツさんは?」
「知らないことを調べるのが上手い人だ」
「なるほど……」
なんとなく。
分かる気がする。
あの人は。
俺達と同じ手紙を読んで。
俺には見えなかったものを。
いくつも拾っていた。
「じゃあ、今も調べてるんですか?」
「あぁ」
「ルミナスのことを?」
「正確には」
隊長が答える。
「ルミナス周辺の情報も含めて、だ」
「周辺?」
「国の中で何かが起きている場合、その国から直接情報が出てこないこともある」
「…………」
「そういう時は、外を見る」
「外?」
「人や物の流れ。商人の動き。国境を越える荷。周辺国へ出入りする者」
「へぇ……」
「情報局はそういう小さな変化も拾う」
「…………」
やっぱり。
情報局って。
俺には向いてなさそうだ。
「俺、絶対見逃します」
「だからお前は情報局員ではない」
「よかった……」
「安心するな」
「はい」
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼します」
一人の兵士が入ってくる。
「クロイツ隊長」
「どうした」
「情報局より、至急お越しいただきたいと」
「…………」
隊長の表情が変わった。
「誰からだ」
「レンズ局長です」
「内容は?」
「それが……」
兵士が一瞬。
俺を見る。
「構わん」
「はい」
兵士が。
口を開く。
「ルミナスからの定期便が、到着しておりません」
「…………」
「定期便?」
思わず聞き返す。
「はい。本来であれば、今朝には到着しているはずでした」
「遅れてるだけじゃ?」
「その可能性もあります。ただ……」
兵士の表情が曇る。
「ルミナス方面から来るはずの商隊も、予定を過ぎています」
「商隊まで?」
「はい。それだけではありません」
兵士が続ける。
「ルミナス方面へ向かった者達も、予定通り戻ってきていないとの報告が入っています」
「…………」
来るはずの者が。
来ない。
行った者も。
戻ってこない。
「国境で何かあったのか?」
「分かりません。現在、情報局が確認を進めています」
「…………」
俺は。
机の上を見る。
ガオンから届いた。
妙に堅苦しい手紙。
数日前までは。
あいつ、本当に王族なんだな。
それくらいにしか。
思っていなかったのに。
「アルト」
「はい」
アーヴェル隊長が立ち上がる。
「行くぞ」
「どこへ?」
「情報局だ」
隊長が。
ガオンの手紙を手に取る。
「どうやら」
その表情から。
さっきまでの柔らかさが消えていた。
「レオニスの手紙を、もう一度読む必要がありそうだ」




