戦えるな?
「このような時間に」
男は顔を上げる。
「どちらへ?」
「少し調べ物を」
セヴェルが答えた。
「調べ物、ですか」
「はい」
「この時間に?」
「急ぎのものですので」
「なるほど」
男はそれ以上聞かなかった。
「では、私はこれで」
静かに頭を下げ。
俺達の横を通り過ぎていく。
「…………」
姉上が振り返る。
「誰だ、あいつ」
「王宮の文官でしょう」
「それは見りゃ分かる」
「私も顔までは知りません」
「お前でも?」
「王宮に勤める者全員を把握しているわけではありませんので」
「使えねぇな」
「申し訳ありません」
「だから素直に謝んな」
「姉上」
「うるせぇ」
再び歩き出す。
「文書庫までは?」
「もうすぐです」
「なら――」
その時。
「…………?」
何か。
聞こえた。
小さな音。
「姉上」
「あぁ」
姉上も止まる。
セヴェルが後ろを振り返った。
「今のは?」
「分かりません」
静かだ。
何も聞こえない。
気のせい。
そう思った。
直後。
ガシャンッ!
「っ?」
後方から。
何かが割れる音。
「なんだ?」
姉上が振り返る。
さっき。
文官が消えていった方角。
「…………」
暗い。
誰もいない。
「セヴェル」
「はい」
「お前、ここにいろ」
「ナーラ様?」
「ガオン」
「あぁ」
姉上と並ぶ。
一歩。
前へ出る。
「…………」
おかしい。
空気が。
さっきまでと違う。
何かがいる。
そう思った瞬間。
「伏せろ!」
姉上が叫んだ。
「っ!」
身体を沈める。
直後。
頭上を何かが通り過ぎた。
ドンッ!
壁が砕ける。
「なっ……」
振り返る。
壁に深々と突き刺さっている。
「……矢?」
違う。
矢よりも太い。
金属製の杭。
「ガオン!」
「分かってる!」
立ち上がる。
廊下の先。
暗闇。
何も見えない。
「誰だ!」
返事はない。
「王宮内だぞ!」
「ナーラ様」
セヴェルが低い声で呼ぶ。
「後ろにも」
「…………!」
振り返る。
反対側。
そこにも人影。
一人。
二人。
さらに。
暗闇の奥から。
いくつもの影が姿を現す。
「……囲まれたか」
姉上が俺とセヴェルを庇うように前へ出る。
「おい、ガオン」
「なんだ?」
「戦えるな?」
「あぁ」
答えながら拳を握る。
身体の奥。
熱がゆっくりと上がっていく。
「セヴェルは?」
「戦闘は専門外です」
「嘘つけ」
「医師ですので」
「スコルネの族長の息子が戦えねぇわけねぇだろ」
「専門外と言っただけです」
「だったら最初からそう言え」
「聞かれませんでしたので」
「お前ら」
思わず二人を見る。
「今やる話か?」
「…………」
「…………」
「それもそうだな」
「失礼しました」
なんなんだ。
この二人。
だが。
人影は待ってくれない。
一歩。
暗闇から姿を現す。
「…………」
黒い布。
頭から足まで。
全身を覆っている。
顔も見えない。
胸元に紋章もない。
「王宮の兵士じゃねぇな」
姉上が呟く。
「おそらく」
セヴェルも構える。
その手には。
いつの間にか。
細い針のようなものが握られていた。
「ガオン様」
「なんだ?」
「一つだけ」
「?」
「絶対に傷を負わないでください」
「…………」
「こいつらの魔器に」
セヴェルの目が鋭くなる。
「何が塗られているか分かりません」
「…………」
毒。
スコルネ族であるセヴェルが。
それを警戒している。
「分かった」
熱がさらに上がる。
皮膚が僅かに赤みを帯びる。
獅子座の加護。
レオニスに宿る熱。
「姉上」
「あ?」
「久しぶりに、一緒に暴れますか?」
「…………」
姉上が。
にやりと笑った。
「足引っ張んなよ」
「それはこちらの台詞ですよ?」
「言うようになったじゃねぇか」
敵が動いた。
「来るぞ!」
一斉に。
黒い影が地面を蹴る。
その瞬間。
王宮のどこかから。
鐘が鳴った。
ゴォン――。
「…………?」
なんだ?
この時間に。
ゴォン――。
二度目。
そして。
三度目。
姉上の顔から笑みが消える。
「……おい」
「姉上?」
「これ」
ゴォン――。
また。
鐘が鳴る。
「王宮だけじゃねぇぞ」
「…………」
耳を澄ます。
遠く。
さらに遠く。
王都のあちこちから。
同じ鐘の音が聞こえてくる。
「まさか……」
窓の外を見る。
「…………!」
夜の王都。
その一角から。
炎が上がっていた。
いや。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
次々と。
灯りが増えていく。
「なんだ……これ」
その時。
背後から。
「ガオン!」
「っ!」
振り返る。
黒い刃が。
目の前まで迫っていた。
◇ ◇ ◇
「はぁ……」
机に突っ伏す。
「…………」
紙。
紙。
紙。
どこを見ても。
紙。
「軍人って……」
顔だけ横へ向ける。
「こんなに紙見る仕事だったんだ……」
「アルト」
「はい」
顔を上げる。
目の前には。
アーヴェル隊長。
「手が止まっている」
「……すみません」
また。
紙へ目を落とす。
ガオンから。
あの妙に堅苦しい手紙が届いて。
数日。
俺は。
今日もガイストで。
軍人の仕事をしていた。




