夜の王宮
「…………」
一月前。
父上が体調を崩した。
同じ頃。
北側の城壁補修が決まった。
そして今。
用途の分からない大量の資材が。
父上の名で北へ運ばれている。
「セヴェル」
「はい」
「一月前、父上の周りで何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと、ですか」
「あぁ。何でもいい」
「…………」
セヴェルが考え込む。
「食事は?」
姉上が聞いた。
「全て調べました」
「水は?」
「そちらも」
「薬」
「私が管理しています」
「じゃあ、親父が毎日触ってる物とか」
「可能な限り確認しました」
「…………」
姉上が頭を掻く。
「めんどくせぇな……」
「だから困っているのです」
「お前が言うと余計ヤバそうに聞こえんな」
「事実ですので」
「…………」
姉上が黙る。
俺も考える。
食事。
水。
薬。
身の回りの物。
それらに原因がないのなら。
「父上が体調を崩す直前に、誰かと会っていないか?」
「それは――」
セヴェルの言葉が止まった。
「?」
「どうした?」
「…………」
何か。
思い当たったのか?
「セヴェル?」
「いえ」
ゆっくりと首を横に振る。
「陛下は国王です。日々、多くの方と面会されています」
「それはそうだな」
「一月前となれば、全てを私が把握しているわけではありません」
「記録は?」
「残っているはずです」
「どこに?」
「王宮の文書庫です」
「なら見りゃいい」
姉上が即答した。
「今から行くぞ」
「今からですか?」
「あぁ」
「夜間は施錠されています」
「知ってる」
「許可なく入ることは禁止されています」
「知ってる」
「では――」
「俺、王女」
「…………」
姉上が。
今度は俺を指差す。
「こいつ、王子」
「はい」
「問題ねぇ」
「大問題です」
「細けぇな、お前」
「ナーラ様が大雑把すぎるのです」
「あ?」
「姉上」
「うるせぇ」
だが。
調べる価値はある。
父上が体調を崩す直前。
誰と会ったのか。
もし。
そこに何かあるのなら。
「俺も行きます」
「決まりだな」
「…………」
セヴェルが深く息を吐く。
「分かりました」
「お前も来んのかよ」
「お二人だけで行かせる方が不安です」
「なんだと?」
「事実です」
「てめぇ……」
「姉上」
「分かってるよ」
姉上が立ち上がる。
その時。
「……おねぇたま?」
「…………!」
姉上が。
ものすごい勢いで振り返った。
椅子の上。
ジルが目を擦っている。
「起きたかジルぅ!」
「声!」
「…………!」
姉上が慌てて自分の口を塞ぐ。
「おにぃたまも……いる……」
「あぁ」
ジルの前にしゃがむ。
「起こしてしまったか?」
「んーん……」
まだ眠そうだ。
「どこか……いくの?」
「…………」
姉上と顔を見合わせる。
「ちょっとな」
姉上が答えた。
「すぐ戻る」
「ジルも……いく」
「駄目だ」
「…………」
即答だった。
「やぁ……」
「駄目」
「おねぇたま……」
「駄目なもんは駄目だ」
「…………」
ジルの目が。
潤む。
「…………」
姉上の顔が。
みるみる歪んでいく。
「姉上」
「うるせぇ」
「まだ何も言ってません」
「分かってんだよ!」
「声」
「…………っ!」
姉上が頭を抱える。
「ジ、ジル」
「……?」
「俺達はな。ちょっとだけ仕事してくる」
「おしごと……?」
「あぁ」
「すぐ……かえってくる?」
「帰ってくる」
「ほんと?」
「本当だ」
「…………」
ジルが。
小さな手を伸ばす。
「ゆびきり……」
「…………」
姉上が固まった。
「姉上?」
「…………かわ」
「姉上」
「分かってる!」
小指を絡める。
「約束だ」
「うん……」
ジルが。
ようやく笑った。
「…………」
姉上の顔がまた緩む。
今度は何も言わないでおこう。
「ガオン様」
「ん?」
セヴェルが小声で呼ぶ。
「ジル様はどうされますか?」
「そうだな……」
「俺の侍女を呼ぶ」
姉上が答える。
「信用できる奴だ」
「分かりました」
姉上が扉へ向かう。
俺も立ち上がった。
「…………」
父上が倒れる直前。
誰と会ったのか。
それを確かめる。
ただ。
それだけのはずなのに。
なぜだろう。
胸の奥が。
妙にざわついていた。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
俺達三人は。
王宮の廊下を歩いていた。
昼間とは違い。
明かりは少ない。
壁に並ぶ灯りだけが。
長い廊下を淡く照らしている。
「文書庫はこっちだ」
姉上が先頭を歩く。
「姉上、場所を知ってるんですね」
「あぁ」
「意外です」
「どういう意味だ」
「書類とか嫌いそうなので」
「嫌いだよ」
「ではなぜ?」
「昔、親父にぶち込まれた」
「…………」
「一日中、過去の記録整理させられた」
「何をしたんです?」
「覚えてねぇ」
「絶対何かしたでしょう」
「うるせぇ」
「…………」
変わらない。
こんな状況でも。
姉上は姉上だ。
「…………」
ふと。
セヴェルを見る。
「どうした?」
「いえ」
静かだ。
さっきから。
ほとんど喋らない。
「セヴェル?」
「…………」
返事がない。
「おい」
姉上も振り返る。
「どうした?」
「静かに」
「?」
セヴェルが足を止めた。
俺達も止まる。
「…………」
耳を澄ます。
何も。
聞こえない。
いや。
「…………?」
足音。
遠くから。
誰かが。
こちらへ歩いてくる。
「誰かいるな」
「衛兵じゃねぇのか?」
「いえ」
セヴェルが。
廊下の先を見る。
「文書庫のある区画は、夜間ほとんど人が通りません」
「…………」
足音が。
近づいてくる。
一歩。
また。
一歩。
やがて。
曲がり角の向こうから。
人影が現れた。
「…………」
姉上が。
僅かに俺の前へ出る。
その人物も。
俺達に気づき。
足を止めた。
「これは……」
低い声。
「随分と珍しい組み合わせですね」
「…………」
知らない男だった。
だが。
胸元にある紋章。
それだけは。
俺にも分かった。
「……王宮の文官?」
「はい」
男は。
静かに頭を下げた。
「このような時間に」
顔を上げる。
「どちらへ?」




