スコルネ族
◇ ◇ ◇
夜。
王宮は静まり返っていた。
「…………」
窓の外を見る。
昼間とはまるで違う景色。
乾いた大地を照らしていた太陽は沈み。
代わりに。
無数の星が夜空を埋め尽くしている。
星詠国家ルミナス。
この国では。
昔から星は特別なものだった。
俺達を見守り。
時に。
選ぶ。
「…………」
獅子座。
俺を選んだ星。
いつもなら。
夜空を眺めているだけで、少し気持ちが落ち着く。
だが。
今日は駄目だった。
「遅いな……」
「まだ時間になってねぇだろ」
「分かっています」
「じゃあ座ってろ。鬱陶しい」
「…………」
振り返る。
姉上は椅子に座り。
足を組んでいる。
その隣では。
「すぅ……」
ジルが眠っていた。
「…………」
昼も寝ていたのに。
「よく寝ますね」
「育ち盛りだからな」
「そういうものですか?」
「知らねぇ」
「…………」
ならなぜ言ったんだ。
姉上の膝を枕にして。
ジルが小さな寝息を立てている。
時折。
「むにゃ……」
何かを呟き。
姉上の服を握る。
「…………」
姉上の顔が。
ものすごく緩んだ。
「姉上」
「あ?」
「今、すごい顔してましたよ」
「殺すぞ」
「なぜです?」
「してねぇからだ」
「してました」
「してねぇ」
「…………」
「…………」
その時。
コン。
「…………」
小さな音。
扉を見る。
コン。
コン。
二回。
「来たか」
姉上の顔から。
先ほどまでの緩みが消える。
「俺が」
扉へ向かう。
「待て」
「?」
「先に確認しろ」
「誰かを?」
「あぁ」
姉上の言葉に従い。
扉の向こうへ声をかける。
「誰だ?」
「…………私です」
聞き覚えのある声。
「セヴェル?」
「はい」
扉を開ける。
そこには。
昼間と同じ白い外套を羽織ったセヴェルが立っていた。
「お待たせしました」
「入れ」
姉上が言う。
「失礼いたします」
部屋へ入ったセヴェルが。
後ろを振り返る。
廊下を見る。
誰もいないことを確認し。
静かに扉を閉めた。
「…………」
鍵まで。
かけた。
「そこまでするのか?」
「念のためです」
「…………」
セヴェルがこちらへ来る。
そして。
「ジル様は?」
「寝てる」
「そうですか」
ジルを見る。
「…………」
「何だよ」
「いえ」
セヴェルが視線を戻す。
「できれば、ジル様には聞かせたくありません」
「…………」
姉上の目が細くなる。
「そんな話なのか?」
「まだ分かりません」
「またそれか」
「申し訳ありません」
セヴェルは椅子へ座らない。
俺達の前に立ったまま。
口を開いた。
「まず」
「…………」
「陛下の現在の状態についてお話しします」
空気が。
変わった。
「父上は?」
「命に別状はありません」
「…………」
その言葉に。
少しだけ。
肩の力が抜けた。
姉上も。
何も言わなかったが。
僅かに息を吐いた。
「ただし」
セヴェルが続ける。
「回復しているとも言えません」
「どういうことだ?」
「陛下の症状は、主に倦怠感、眩暈、食欲の低下。そして、長時間の睡眠です」
「長時間?」
「一日の大半を眠られています」
「…………」
だから。
会えなかった?
「最初は過労を疑いました」
「父上は昔から働きすぎるところがあるからな」
「はい。私もそう考えました」
「違ったのか?」
「…………」
セヴェルが。
僅かに目を伏せる。
「説明がつかないのです」
「何が?」
「全てです」
「…………」
「休養を取っていただいています。食事も管理しています。必要な薬も処方しました」
それでも。
「症状が改善しません」
「悪くなってるのか?」
姉上が聞く。
「急激には」
「急激には?」
「少しずつ」
セヴェルが答える。
「衰弱されています」
「…………」
部屋が。
静かになる。
「セヴェル」
「はい」
「父上は病気ではないのか?」
「…………」
「昼間も、それを聞いた時に答えなかった」
「はい」
「なぜ?」
セヴェルが。
俺を見る。
「分からないからです」
「…………」
「病である可能性はあります。しかし」
一度。
言葉を止める。
「私の知る病の中に、現在の陛下の状態と完全に一致するものがありません」
「お前でも?」
「はい」
スコルネ族。
医療と薬学。
そして。
毒。
その全てを。
長い歴史の中で研究してきた部族。
その族長の息子。
セヴェルが。
分からない。
「それで」
姉上が低い声で聞く。
「何を疑ってる?」
「…………」
「病気じゃねぇなら、他に何がある」
「姉上」
「毒だろ」
「…………」
セヴェルの表情が。
ほんの僅かに変わった。
「やっぱりか」
「待ってください」
俺はセヴェルを見る。
「父上は毒を?」
「分かりません」
「でも」
「毒だと断定することはできません」
セヴェルがはっきりと言う。
「通常の毒物であれば、私達スコルネ族が気づきます」
「…………」
「血液。皮膚。瞳。呼吸。発汗。臓器への影響」
一つずつ。
「毒には必ず何らかの痕跡が残ります」
「父上には?」
「ありません」
「なら毒じゃねぇだろ」
「本来なら」
「…………」
セヴェルが。
自分の手を見る。
「私達スコルネ族は、毒を扱います」
蠍座の加護《毒》。
「だからこそ、毒に対する知識も発達しました」
「知ってる」
「ですが」
セヴェルが顔を上げる。
「陛下の身体には」
「…………」
「毒ではないのに、毒を受け続けているような反応がある」
「…………?」
意味が。
分からない。
「どういうことだ?」
「私にも分かりません」
また。
その言葉。
「毒物は検出されない」
「はい」
「でも父上の身体は、毒を受けたように弱っている?」
「正確には」
セヴェルが。
僅かに考える。
「何かに侵され続けている、と言うべきでしょう」
「…………」
侵されている。
その言葉が。
妙に。
耳に残った。
「それを」
姉上が口を開く。
「誰かがやってる可能性は?」
「…………」
セヴェルは。
すぐには答えなかった。
「あるのか?」
「分かりません」
「また――」
「だから調べています」
珍しく。
セヴェルが姉上の言葉を遮った。
「…………」
「父にも相談しました」
「スコルネの族長に?」
「はい」
「なんて?」
「…………」
セヴェルが。
少しだけ。
苦い顔をする。
「不用意に口外するな、と」
「なぜだ?」
「証拠がないからです」
「…………」
「陛下が病ではない」
「…………」
「ましてや、何者かが陛下を害している」
「…………」
「王族の主治医である私が、そのようなことを証拠もなく口にすれば」
「国が混乱する……」
「はい」
だから。
セヴェルは黙っていた。
「では、なぜ俺達には話した?」
「…………」
俺の問いに。
セヴェルが黙る。
そして。
「今日」
「?」
「ガオン様が、北門で積荷について調べていたと聞きました」
「…………」
「その後、ナーラ様と共に陛下のもとへ来た」
「それが?」
「偶然かもしれません」
セヴェルの目が。
俺を見る。
「ですが」
一拍。
「私が感じている違和感と」
「…………」
「お二人が感じている違和感」
「…………」
「それが全く無関係だと」
静かに。
告げる。
「今の私には、思えないのです」
「…………」
父上。
大量の積荷。
北部。
王宮。
そして。
原因不明の衰弱。
バラバラだったものが。
少しずつ。
近づいている。
そんな気がした。
「セヴェル」
「はい」
「一つ聞かせてくれ」
「なんでしょう」
「父上がこうなったのは」
いつからだ?
「…………」
セヴェルが。
俺を見る。
「およそ」
そして。
答えた。
「一月前です」
「…………」
一月。
その言葉に。
昼間のラバタとの会話が蘇る。
『一月くらい前だったと思うガニ』
北側の城壁補修が決まった時期。
そして。
父上が体調を崩した時期。
「…………」
偶然。
なのか?
「姉上」
「あぁ」
姉上も。
気づいたらしい。
「一月前……」
また。
一つ。
増えた。
違和感が。




