容態②
しばらく。
誰も口を開かなかった。
「…………」
今夜。
セヴェルは確かにそう言った。
今は話せない。
ここでは話せない。
つまり。
場所を変えなければならない理由がある。
「分かった」
先に答えたのは俺だった。
「ガオン?」
「今夜、待っている」
「ありがとうございます」
セヴェルが小さく頭を下げる。
姉上は。
納得していない。
見るからに。
納得していない。
「…………ちっ」
それでも。
父上の部屋へ無理に入ろうとはしなかった。
「今夜だな?」
「はい」
「来なかったら?」
「伺います」
「来なかったらって聞いてんだよ」
「…………」
セヴェルが少しだけ考える。
「その時は」
「その時は?」
「私に何かあったとお考えください」
「…………」
姉上の表情が変わった。
俺も。
思わずセヴェルを見る。
「お前……」
「それでは」
「待て、セヴェル」
「患者のもとへ戻らなければなりません」
セヴェルが頭を下げる。
「今夜、お伺いいたします」
そのまま。
俺達の横を通り過ぎる。
「…………」
数歩。
進んだところで。
「あぁ、それと」
セヴェルが足を止めた。
「ガオン様」
「なんだ?」
「先ほど、北門付近へ行かれましたか?」
「…………」
「なぜ知っている?」
「いえ」
振り返らない。
「少し耳にしただけです」
「…………」
「今は、王宮の外へ出られない方がよろしいかと」
「どういう意味だ?」
「今夜」
それだけ言って。
セヴェルは歩き出した。
今度こそ。
振り返ることなく。
「…………」
姿が見えなくなる。
廊下に残されたのは。
俺と姉上。
そして。
父上の部屋を守る二人の衛兵。
「ガオン」
「はい」
「戻るぞ」
「…………はい」
意外だった。
てっきり。
姉上なら、セヴェルを追いかけて問い詰めると思っていた。
父上の部屋へ強引に入るかとも。
だが。
何もしない。
姉上は背を向け。
来た道を戻っていく。
俺もその後を追った。
「姉上」
「なんだ」
「いいんですか?」
「何が」
「父上です」
「よくねぇよ」
即答。
「今すぐ扉蹴破って入りてぇ」
「やっぱり」
「なんなら衛兵二人ぶっ飛ばして、セヴェル捕まえて全部吐かせてぇ」
「それは駄目です」
「分かってるよ」
「…………」
珍しい。
「なんだよ」
「いえ」
「だから顔に出すな」
「姉上が我慢できるとは思わなくて」
「ぶん殴るぞ」
「すみません」
だが。
姉上は怒鳴らなかった。
しばらく歩いてから。
小さく口を開く。
「……あいつは昔から嘘が下手なんだよ」
「セヴェルが?」
「あぁ」
「表情、全然変わりませんでしたけど」
「顔じゃねぇ」
「?」
「喋らなくなる」
「…………」
「都合悪くなるとな」
振り返る。
もう。
父上の部屋は見えない。
「さっきもそうだった」
父上に意識はあるのか。
そう聞いた時。
セヴェルは。
すぐには答えなかった。
「じゃあ、やっぱり何か知ってる?」
「知ってるってより」
姉上が眉を寄せる。
「あいつ自身も、何かを疑ってるって感じだな」
「…………」
同じことを思った。
セヴェルは。
答えを知っているわけではない。
だから。
『まだ私にも分かりません』
そう言った。
「それと」
姉上が立ち止まる。
「お前」
「はい?」
「北門に行ったこと、誰に話した?」
「…………」
考える。
タウルス族の者。
門の衛兵。
ラバタ。
「その場にいた者以外には、まだ誰にも」
「俺にも今話したばっかだよな」
「はい」
「…………」
姉上が黙る。
俺も。
気づいた。
「セヴェルは、なぜ知っていた?」
「…………」
北門へ行った。
ただ。
それだけなら。
衛兵から話が伝わった可能性はある。
王族である俺が突然現れ。
積荷について聞いた。
報告されても不思議ではない。
だが。
あまりにも。
「早すぎる……?」
「さぁな」
姉上が歩き出す。
「偶然かもしれねぇ」
「…………」
「だから今は騒ぐな」
「姉上がそれを言いますか?」
「あ?」
「何でもありません」
危ない。
「ガオン」
「はい」
「今夜まで、一人で動くな」
「…………」
「俺かジルの近くにいろ」
「ジル?」
「なんだよ」
「いえ。ジルを巻き込む方が危ないのでは?」
「馬鹿」
姉上が。
俺の額を小突く。
「だからだよ」
「?」
「何か起きてんなら」
姉上の顔から。
笑みが消える。
「ジルも一人にできねぇ」
「…………」
そうか。
父上だけじゃない。
俺。
姉上。
そして。
ジル。
レオニスの王族。
「分かりました」
「おう」
「では、ジルのところへ?」
「あぁ」
姉上が歩く速度を上げる。
「どうせそろそろ起きる」
「なら、俺が起こして――」
「ぶっ殺すぞ」
「…………」
足を止める。
「なぜです?」
「ジルの寝顔見んのは俺の役目だ」
「そんな役目ありませんよ」
「ある」
「俺も兄なんですが」
「知るか」
「横暴ですよ、姉上」
「うるせぇ」
「俺も見ます」
「来んな」
「行きます」
「来んなっつってんだろ!」
「姉上だけずるいでしょう!」
結局。
いつものように言い合いながら。
俺達はジルの部屋へ向かった。
けれど。
頭の片隅から。
セヴェルの言葉が消えることはなかった。
『その時は、私に何かあったとお考えください』
今夜。
何を話すつもりなのか。
そして。
父上の身に。
一体、何が起きているのか。
答えを知るまで。
あと数時間だった。




