随分大人しくなったな
王宮へ戻る。
「…………」
歩きながら。
さっきのラバタの言葉が頭に残っていた。
『今回の補修に、そんな量の資材はいらないガニ』
北へ向かった大量の積荷。
現場の者達は、中身を知らない。
集積所で行われるはずだった確認も受けていない。
それなのに。
父上の名で、正式な通行許可が出ていた。
「…………」
考えれば考えるほど。
分からない。
だからこそ。
まずは姉上に聞く。
あの人なら。
俺がガイストにいた間のことも知っているはずだ。
◇ ◇ ◇
「姉上」
「おせぇ!」
「いって!」
戻って早々。
頭を叩かれた。
「何をするんですか」
「何をじゃねぇ! 調べてくるっつって、どれだけ待たせんだ!」
「色々あったんです」
「あぁ?」
「…………」
「なんだ?」
「いえ。姉上は今日も元気だなと」
「もう一発いるか?」
「結構です」
すぐに断る。
辺りを見回す。
「ジルは?」
「部屋に戻した。昼寝の時間だ」
「そうですか……」
「なんで残念そうなんだよ」
「もう少し話したかったので」
「…………」
姉上の眉が動く。
「てめぇ、俺とは?」
「姉上とも話したいですよ」
「今付け足しただろ」
「そんなことはありません」
「目ぇ逸らすな」
「それより姉上」
「誤魔化したな?」
「積荷のことです」
「…………ちっ」
舌打ち。
怖い。
だが。
姉上の表情が変わる。
「で?」
「あれ、何だった?」
「資材だそうです」
「何の?」
「分かりません」
「あ?」
「運んでいるタウルス族の者達も、何に使うのか知らされていませんでした」
「…………」
姉上が腕を組む。
「行き先は?」
「北側の集積所だと聞きました」
「なら北の補修か?」
「俺もそう思いました」
「思った?」
「あの荷車」
一度。
言葉を切る。
「集積所を素通りしました」
「…………」
姉上の目が細くなる。
「そのまま王都を出て、北部へ向かっています」
「待て」
「はい」
「集積所で積荷の確認をするはずだろ」
「やっぱりそうなんですか?」
「当たり前だ」
姉上が壁から背を離す。
「王都に入る物も、出る物も、量が多けりゃ確認する。特にタウルスが扱う大口の荷はな」
「でも、してませんでした」
「…………」
「門の衛兵にも確認しました。本来は集積所を経由する予定だったそうです」
「誰が通した?」
「通行許可は正式なものだったそうです」
「だから、誰のだ」
「…………」
やっぱり。
姉上もそこを聞くか。
「父上です」
「…………」
姉上が黙った。
「父上の名で許可が出ています」
「印章は?」
「確認済みだそうです」
「…………」
姉上が顎へ手を当てる。
さっきまでの騒がしさが。
完全に消えた。
「それから」
「まだあんのか?」
「戻る途中でラバタに会いました」
「ラバタ?」
「カルキスの」
「あぁ。あのガニガニうるせぇ奴か」
「幼馴染をガニガニうるさい奴と呼ばないでください」
「実際うるせぇだろ」
「否定はしませんが」
「しねぇのかよ」
それはそれとして。
「ラバタ達は今、北側の城壁を補修しているそうです」
「知ってる」
「規模は?」
「小せぇよ。壁の一部に亀裂が見つかっただけだ」
「やっぱり……」
「あ?」
「ラバタも言っていました。今回の補修に、あれほどの資材は必要ないと」
「…………」
「それに、ラバタが知る限りでは北部で他に大きな工事はないそうです」
「…………」
姉上が黙り込む。
俺も。
何も言わなかった。
大量の資材。
北部。
父上の許可。
なのに。
何に使うのか分からない。
「姉上」
「なんだ」
「父上は、本当に体調が悪いんですよね?」
「…………」
姉上が俺を見る。
「何が言いたい?」
「今日も会えませんでした」
「知ってる」
「帰国してから、一度もです」
「…………」
「でも父上は、こうして命令を出している」
「ガオン」
「はい」
「親父に最後に会ったの、いつだ?」
「…………」
ガイストへ行く前。
「留学へ発つ前です」
「そうか」
「姉上は?」
「…………」
返事がない。
「姉上?」
「俺も最近は会ってねぇ」
「え?」
思わず聞き返す。
「姉上はずっとルミナスにいたんですよね?」
「あぁ」
「それなのに?」
「会わせてもらえねぇんだよ」
「…………」
俺だけじゃない?
「いつからですか?」
「親父が体調を崩してからだ」
「医者は?」
「毎日来てる」
「誰が診てるんです?」
「スコルネの医師だ」
スコルネ族。
医療と薬学を担う部族。
なら。
そこはおかしくない。
「容態は?」
「知らねぇ」
「姉上にも教えないんですか?」
「何度聞いても同じだ」
姉上の顔が険しくなる。
「陛下には安静が必要です」
指を一本。
「ご負担になりますので面会はお控えください」
二本目。
「容態については医師団にお任せください」
三本目。
「……そればっかりだ」
「…………」
「最初は俺も大人しくしてた」
「…………」
意外だ。
「なんだその顔」
「いえ」
「殴るぞ」
「何も言ってません」
「顔が言ってんだよ」
姉上が舌打ちする。
だが。
すぐに。
真剣な表情へ戻った。
「親父が本当に具合悪いなら、仕方ねぇからな」
「はい」
「俺らが押しかけて悪化させちゃ意味がねぇ」
「…………」
「だが」
姉上が。
俺を見る。
「寝込んでる奴が、大量の資材を北へ送る命令は出せるらしい」
「…………」
やっぱり。
姉上も。
そこが気になる。
「以前から決まっていた可能性は?」
「ある」
「父上が口頭で許可を出して、誰かが代筆した可能性も」
「あるな」
「なら――」
「でもな、ガオン」
「?」
「お前」
姉上が。
俺の額を指で小突いた。
「今、安心しようとしただろ」
「…………」
何も。
言えなかった。
「親父の命令なら大丈夫」
「…………」
「何か理由があるはず」
「…………」
「そう思いてぇんだろ」
「……はい」
「俺もだ」
「…………」
姉上が。
父上の部屋がある方角を見る。
「だからこそ」
歩き出す。
「確かめるぞ」
「どこへ?」
「あ?」
振り返る。
「決まってんだろ」
「…………」
「親父のところだ」
「でも、会わせてもらえないんじゃ?」
「だからなんだ」
「…………」
姉上が。
にやりと笑う。
「お前、ガイスト行って随分大人しくなったな」
「そうですか?」
「昔のお前なら、止められたって勝手に入ってただろ」
「…………」
否定できない。
「それに」
姉上が俺の肩を叩く。
「今は俺もいる」
「…………」
確かに。
一人ではない。
「……そうですね」
「あ?」
「いえ」
少しだけ。
笑う。
「行きましょう、姉上」
「おう」
今度は。
一人じゃない。
姉上と二人で。
父上の部屋へ向かった。




