幼馴染ガニ
◇ ◇ ◇
王宮へ戻る道を歩く。
「…………」
考えることが増えた。
父上。
積荷。
王宮。
ガイストへ送った手紙。
「まずは姉上に聞くか……」
「ガオン?」
「ん?」
聞き覚えのある声。
足を止める。
声のした方へ顔を向けると。
一人の男がこちらへ歩いてきていた。
「…………」
赤い鎧。
幾重にも重なった装甲は、まるで巨大な甲殻。
陽光を受け、深い赤色に鈍く輝いている。
片手には。
槍。
ただし、普通の槍とは少し違う。
先端から伸びた二枚の刃が内側へ湾曲し。
まるで。
巨大な蟹の鋏。
そして反対の手には。
丸みを帯びた大盾。
厚く。
硬く。
巨大な甲羅をそのまま盾にしたような形をしている。
そこまでなら。
カルキス族の戦士として、特に珍しい姿ではない。
だが。
「やっぱりガオンだガニ」
「…………」
黒いサングラス。
赤い甲殻鎧とは対照的な白い肌。
そして。
濃い紺色の短髪。
その頭の上。
左右から一房ずつ。
ぴょこん。
と。
妙な方向へ髪が立っている。
「相変わらずだな」
「何がガニ?」
「いや」
あの髪。
昔から変わっていない。
どうしてそこだけ立つのか。
本人にも分からないらしい。
左右に飛び出した二本の髪。
まるで。
蟹の目だ。
「ラバタ」
「久しぶりだガニ」
ラバタ・カルキス。
カルキス族の戦士。
そして。
俺の幼馴染だ。
「久しぶりだな。いつ王都へ?」
「三日前だガニ」
「三日前?」
「あぁ。仕事で来てるガニ」
ラバタが槍を肩へ担ぐ。
「それよりガオン。お前、ガイストに留学してたんじゃなかったガニ?」
「少し事情があって戻ってきた」
「事情?」
「…………」
サングラス越しに。
じっと見られる。
「また何かやったガニ?」
「なぜ最初から俺が何かした前提なんだ?」
「昔からそうだったガニ」
「…………」
否定できない。
「今度は何を壊したガニ?」
「壊してない」
「誰かと喧嘩したガニ?」
「してない」
「女ガニ?」
「なぜそうなる」
「じゃあ何したガニ?」
「…………」
ヴォルグへ無断で潜入した。
「言いたくないガニ?」
「そういうことにしておいてくれ」
「やっぱり何かやったガニ」
ラバタが呆れたように肩を落とす。
「そういうお前は?」
「何がガニ?」
「仕事か?カルキス族が王都まで来るなんて珍しいだろう」
「あぁ」
ラバタが背負った大盾へ手をかける。
「城壁の補修だガニ」
「城壁?」
「北側の一部を補強することになったガニ」
「…………」
北。
その言葉に。
ガオンの足が止まった。
「北側?」
「そうだガニ」
「いつ決まった?」
「…………?」
ラバタが首を傾げる。
「どうしたガニ?」
「いいから教えてくれ」
「一月くらい前だったと思うガニ」
「一月……」
俺が。
まだガイストにいた頃。
「規模は?」
「大したものじゃないガニ。壁の一部に亀裂が見つかったから、俺達が補強を任されたガニ」
そう言って。
ラバタが近くに積まれていた石材へ手を置く。
「こういうのを固めるのも俺達の仕事だガニ」
「…………」
その瞬間。
石材の表面が僅かに変化した。
カルキス族の蟹座の加護。
《硬化》。
自らの身体だけではなく。
触れた物質にも作用し、その強度を一時的に高めることができる。
城壁。
武器。
盾。
カルキス族が古くから国の防衛を担ってきた理由の一つだ。
ただ。
その加護が最も強く作用するものは。
自分自身。
カルキス族の肉体だった。
特にラバタの《硬化》は強い。
子供の頃。
喧嘩になって殴ったことがある。
痛かった。
俺の拳の方が。
「どうしたガニ?」
「いや。昔を思い出しただけだ」
「?」
「それよりラバタ」
先ほどの荷車を思い出す。
「今回の補修に、大量の資材は使うか?」
「大量?」
「あぁ」
「どれくらいガニ?」
「荷車が何台も続いていた。俺が見ただけでもかなりの量だ」
「…………」
ラバタが黙った。
「どうした?」
「それ」
先ほどまでの。
どこか気の抜けた雰囲気が消える。
「俺達の仕事じゃないガニ」
「…………」
「今回の補修に、そんな量の資材はいらないガニ」
「本当か?」
「俺が現場を任されてるガニ」
「…………」
北へ向かった。
大量の積荷。
父上の許可。
だが。
北側で工事をしているカルキス族は。
そんなものを必要としていない。
「ラバタ」
「なんだガニ?」
「北で、他に大きな工事は?」
「俺が知ってる限りはないガニ」
「…………」
また。
一つ。
増えた。
違和感が。
「ガオン?」
「…………」
「お前」
ラバタが。
蟹の鋏を思わせる槍を肩へ担ぎ直す。
「何を調べてるガニ?」
「…………」
ガオンは幼馴染を見る。
昔から。
こいつは妙なところで勘がいい。
「まだ、俺にも分からない」
「まだ?」
「あぁ」
「…………」
「ただ、少し気になることがある。それだけだ」
「ふーん……」
ラバタがサングラスを押し上げる。
「なら、気をつけるガニ」
「ん?」
「お前は昔から、気になったら一人で突っ込んでいくガニ」
「…………」
「違うガニ?」
「……否定はしない」
「ガイストでも何かやった顔してるガニ」
「なぜ分かる」
「幼馴染を何年やってると思ってるガニ」
「…………」
昔から。
こういうところだけは鋭い。
「分かった。気をつける」
「本当ガニ?」
「あぁ」
「信用できないガニ」
「ひどいな」
「日頃の行いガニ」
「…………」
言い返せない。
ラバタが小さく笑う。
「まぁ、何かあったら言えガニ」
「いいのか?」
「内容によるガニ」
「そこは無条件で助けてくれないのか?」
「面倒事は嫌いだガニ」
「昔は付き合ってくれただろう?」
「昔から巻き込まれてただけだガニ」
「そうだったか?」
「そうだったガニ」
「…………」
「…………」
しばらく。
二人で顔を見合わせる。
そして。
どちらからともなく笑った。
「変わらないな、ラバタ」
「お前もガニ」
幼い頃から。
何度もこうして話してきた。
馬鹿なこともした。
喧嘩もした。
それでも。
気づけば。
いつも隣にいた。
「じゃあ、俺は戻る」
「姫様のところガニ?」
「あぁ。姉上に少し聞きたいことがある」
「分かったガニ。またな、ガオン」
「あぁ。またな」
ガオンは手を上げる。
ラバタも。
槍を持っていない方の手を上げた。
そして。
二人は。
それぞれの道へ歩き出した。
この時は。
まだ。
ただの。
幼馴染だった。




