星詠国家ルミナス③
荷車の後を追って、しばらく歩く。
「…………」
やはり。
おかしい。
王都の北側には、いくつかの倉庫や集積所がある。
だから最初は。
そのどこかへ向かっているのだと思っていた。
だが。
「……通り過ぎたな」
荷車は止まらない。
一台。
また一台。
北側の集積所を通り過ぎ、そのまま進んでいく。
「…………」
聞いた話と違う。
北側の集積所へ運ぶ。
あの男は、確かにそう言っていた。
「嘘をついていた……?」
いや。
違う。
あの反応。
嘘をついているようには見えなかった。
そもそも。
何の資材なのかすら知らなかった。
「なら、あの者達も知らされていないのか?」
ガオンは歩調を速める。
やがて。
前方に王都を囲む外壁が見えてきた。
「…………」
荷車が。
門へ向かっている。
「王都の外?」
門の前には衛兵が立っている。
止めるかと思った。
だが。
先頭の御者が一枚の書類を差し出す。
衛兵はそれを確認すると。
そのまま道を開けた。
「…………」
一台目。
二台目。
三台目。
次々と。
荷車が門を抜けていく。
「随分と簡単に通すんだな」
ガオンは門へ近づいた。
「ガオン様?」
「ん?」
衛兵の一人がこちらに気づく。
「どうされました?」
「少し聞きたい」
「はい」
ガオンは遠ざかっていく荷車を見る。
「あの荷車はどこへ向かっている?」
「あちらですか?」
「あぁ」
「北部への輸送と聞いております」
「北部?」
「はい」
「北側の集積所ではないのか?」
「…………?」
衛兵が首を傾げた。
「北側の集積所を経由する予定だったはずですが」
「経由?」
「はい。そこで一度、積荷を確認してから北部へ送ると」
「…………」
ガオンの目が細くなる。
「確認は?」
「はい?」
「俺はあの荷車を運搬区から追ってきた」
「…………」
「集積所には寄っていない。そのままここまで来たぞ」
「そんなはずは……」
衛兵の表情が変わる。
「少々お待ちください。確認してまいります」
「あぁ、頼む」
衛兵が詰所へ向かう。
ガオンは門の外を見る。
乾いた大地。
その上を。
荷車の列が進んでいく。
「…………」
北部。
何があった?
道路の整備。
建物の建設。
それなら。
タウルス族が大量の資材を運ぶことに何の不思議もない。
だが。
なぜ。
何を運んでいるのか、現場の者達が知らない?
なぜ。
集積所での確認を飛ばした?
「…………」
考えていると。
「ガオン様」
衛兵が戻ってきた。
「分かったか?」
「はい。ただ……」
「ただ?」
「確かに、あの積荷は集積所で確認を受けておりません」
「やはりか」
「ですが、通行許可そのものに問題はありません」
「問題ない?」
「はい」
衛兵が手にした書類へ目を落とす。
「正式な許可が出ています」
「誰の許可だ?」
「…………」
一瞬。
衛兵が躊躇う。
「どうした?」
「いえ……」
そして。
口を開いた。
「国王陛下です」
「…………」
ガオンの表情が止まる。
「父上?」
「はい」
「本当なのか?」
「印章も確認しております。間違いありません」
「…………」
父上が。
許可を出した?
なら。
何もおかしくない。
国王が必要だと判断し。
タウルス族へ命じて。
北部へ資材を運ばせている。
ただ。
それだけの話。
「…………」
なのに。
消えない。
胸の奥にある。
この違和感。
むしろ。
さっきより強くなっている。
「父上が……」
帰国してから。
一度も会えていない。
体調が悪い。
今日も会えなかった。
詳しい容態も教えられない。
そんな父上が。
大量の物資を運ばせる命令を出している。
「…………」
ガオンは遠ざかる荷車を見る。
もう。
随分と小さくなっていた。
「ガオン様?」
「いや」
首を横に振る。
「ありがとう。仕事に戻ってくれ」
「はっ」
衛兵から離れる。
「…………」
追うべきか。
だが。
どこまで行くのかも分からない。
それに。
ヴォルグの時のように。
また一人で勝手に動けば――。
「……今度こそ姉上に殺されるな」
やめておこう。
まずは。
調べる。
あの命令を。
本当に父上が出したのか。
そして。
あの荷物が何なのか。
「姉上にも聞いておくか」
踵を返す。
王宮へ戻ろうとして。
「…………」
ふと。
思い出した。
ガイストへ送った手紙。
「もう、届いた頃か……」
頭に浮かぶ。
ガイストで出会った者達。
まずは。
アーヴェル隊長。
真面目で。
堅い。
とにかく堅い。
だが。
あの人なら。
手紙に違和感があれば、放ってはおかないだろう。
レテ。
ガイストでは随分と世話になった。
しっかりしているようで。
たまに妙なところが抜けている。
ヒルト。
「…………」
最初は。
随分ナヨナヨした男だと思った。
だが。
やる時はやる。
ああいう男は嫌いではない。
フィリア。
「…………」
よく笑う。
本当によく笑う。
「……騒がしいくらいにな」
何がそんなに面白いのか。
そう思うくらい笑っていた。
だが。
不思議と嫌な騒がしさではなかった。
それから。
「…………」
焦げパン。
「…………」
違う。
名前だ。
「ログ……だったな」
完全にあいつらのせいで。
焦げパンの方が先に出てきた。
口は悪い。
だが。
面倒見はいい。
文句を言いながら。
なんだかんだ最後まで付き合う。
そんな男だった。
そして。
「アルト……」
付き合いだけなら。
あいつが一番浅い。
なのに。
一緒にヴォルグへ潜入して。
フェルギアと戦って。
あの発明家に追い回されて。
随分と無茶をした。
「…………ふっ」
友人。
というより。
「悪友、だな」
その方が。
しっくりくる。
あいつなら。
手紙を読んで。
『ガオンって、本当に王族だったんだな!』
そんなことを言っていそうだ。
「……絶対言ってるな」
容易に想像できる。
「あとは……」
もう一人。
糸目の。
「ユノ……だったか?」
話したことは、それほど多くない。
だが。
あいつの術は覚えている。
フェルギアと戦った時。
俺にかけた《活火》。
身体の内側から力が湧き。
動きが鋭くなる。
あの感覚は。
今でも覚えている。
「……あいつの術は素晴らしい」
ただ火を放つだけではない。
火で。
他者の力を引き出す。
俺にはない使い方だった。
「一度、術を学んでみたいものだな」
星詠みと精霊術。
扱うものは違う。
それでも。
学べることはあるはずだ。
「…………」
思い返してみれば。
随分と濃い連中だった。
そして。
思っていた以上に。
ガイストで過ごした時間を。
俺は気に入っていたらしい。
「……気づいてくれればいいが」
あの手紙。
普通に読めば。
ただの帰国を知らせる手紙だ。
だが。
少しだけ。
普段の自分とは違う書き方をした。
妙に堅苦しく。
回りくどく。
不自然になるように。
何が起きているのか。
まだ。
俺自身にも分からない。
だから。
助けを求めることもできなかった。
ただ。
何かがおかしい。
それだけを。
伝えたかった。
「…………」
アルトの顔が浮かぶ。
「……アルト一人では、少し不安だな」
思わず笑う。
だが。
すぐに。
表情を戻した。
「向こうは任せるか」
こちらはこちらで。
やることがある。
父上の名で出された命令。
行き先の分からない大量の積荷。
そして。
帰国してから。
一度も会えていない父上。
「…………」
ガオンは王宮を見上げる。
「まずは、姉上に聞こう」
一つずつ。
確かめる。
この国で。
今。
何が起きているのかを。




