手紙③
「良からぬことって?」
「分からねぇ」
「え?」
「だから、分からねぇんだよ」
イグナーツさんが腕を組む。
「誰が、何を、どこまで考えてるのか。そこまでは掴めてねぇ」
「じゃあなんで、良からぬことって?」
「アルト」
「はい?」
「情報は一ヶ所から入ってくるわけじゃねぇ」
「…………?」
「商人、旅人、他国の軍人。国境を越える荷物。金の流れ。噂話だって情報になる」
「噂も?」
「あぁ。ただし、鵜呑みにはしねぇ」
イグナーツさんが机を指で叩く。
「例えば、ルミナスのとある地域で武器の取引が増えたって話が入ったとする」
「はい」
「それだけなら?」
「…………武器が必要になった?」
「そうだ。魔物が増えたのかもしれねぇ。軍備を新しくしてるだけかもしれねぇ」
「うん……はい」
「だが、同じ時期に食料の買い付けまで増えた」
「食料?」
「さらに馬、薬、野営道具。別々の商人から、似たような話が入ってくる」
「…………」
武器。
食料。
馬。
薬。
「それって」
「大人数が動く準備にも見える」
レテが答えた。
「正解」
イグナーツさんが頷く。
「もちろん、それでもまだ決めつけられねぇ。大規模な討伐でもするのかもしれない」
「じゃあ、まだ普通かもしれない?」
「あぁ」
「…………」
「だから、さらに見る」
机の上に指で何かを描くように動かす。
「誰が買った。どこへ運んだ。いつから増えた。どの地域で起きてる」
「…………」
「一つずつなら、どれも説明できる」
イグナーツさんの指が止まる。
「だが、それが複数の地域で同じ時期に起きてるとなれば、話が変わってくる」
「複数……」
「あぁ」
レテの表情も変わる。
「部族ですか?」
「さすがだな、レテ」
イグナーツさんが頷いた。
「ルミナスは十二の部族から成る国だ。それぞれが自分達の土地を持ち、王家の下で国を成している」
「…………」
「そのうち、いくつかの部族の周辺で妙な動きが増えてる」
「どの部族ですか?」
「まだ言えねぇ」
「なんで?」
「情報が足りねぇからだ」
「でも怪しいんですよね?」
「怪しいのと、犯人扱いするのは別だ」
「…………」
あ。
「昨日の」
「そういうこと」
一つの情報だけで、全部分かった気になるな。
「今の段階で名前を出せば、お前はそいつらを疑って見るだろ?」
「…………たぶん」
「それが一番危ねぇ」
イグナーツさんの声は穏やかだった。
でも。
さっきまでみたいに笑ってはいない。
「無関係な奴を疑えば、本当に見るべきものを見落とす。情報を扱う奴が一番やっちゃいけねぇことだ」
「…………はい」
「それにな」
アーヴェル隊長が口を開く。
「この話を知る者は?」
「局内でもごく一部だ」
「ルミナス側は?」
「分からん」
「…………」
「ただ」
イグナーツさんが少し考える。
「向こうの上層部が何も知らねぇとは思いにくい」
「じゃあ、なんで何もしないんですか?」
「何もしてないとは言ってねぇよ」
「あ」
「水面下で動いてるのかもしれねぇ。逆に、動きたくても動けない理由があるのかもしれない」
「…………」
「あるいは」
イグナーツさんの目が細くなる。
「上に届く前に、情報を止めてる奴がいるか」
「…………」
部屋が静かになった。
なんだ。
それ。
「先輩」
アーヴェル隊長の声が低くなる。
「そこまで入り込まれている可能性が?」
「可能性の話だ」
「…………」
「だから嫌なんだよ。まだ何も分からねぇ」
イグナーツさんが頭を掻く。
「敵がいるのかも分からねぇ。いたとしても誰なのか分からねぇ。目的も分からねぇ」
「でも、何かがおかしい」
レテが呟く。
「あぁ」
イグナーツさんが頷いた。
「何かがおかしい。それだけは、かなり濃くなってきてる」
「…………」
そして。
そんな時に。
届いた。
この手紙。
「だからガオンの手紙が?」
「あぁ」
俺の言葉に、イグナーツさんが頷く。
「時期が悪すぎる」
手紙を持ち上げる。
「国内で妙な動きが出始めた。その直後に王族であるレオニスが帰国。そして、まだ決まってもいない留学の終了を匂わせる書簡が届いた」
「…………」
「これを全部、偶然で片づけるには少し多い」
点。
さっき。
イグナーツさんが言っていた。
一つなら。
ただの点。
でも。
集まれば。
形が見えてくる。
「じゃあ……」
俺は手紙を見る。
「ガオン、危ないんですか?」
「分からねぇ」
「…………」
「悪いが、今はそれしか言えねぇ」
「…………」
分からない。
そればっかりだ。
「でも!」
「アルト」
アーヴェル隊長。
「落ち着け」
「…………」
「先輩は何もするなと言っているわけではない」
「そういうことだ」
イグナーツさんが手紙を机へ置く。
「分からねぇから調べる」
「…………」
「それが俺達の仕事だ」
真っ直ぐ。
手紙を見る。
「まずはこの手紙を徹底的に調べる。過去の書簡との比較も急がせる。それと並行して、ルミナスの情報を洗い直す」
「どれくらいかかります?」
「さぁな」
「…………」
「そんな顔すんな」
「だって」
「気持ちは分かる」
イグナーツさんが俺を見る。
「友達なんだろ?」
「はい」
「なら尚更だ」
「?」
「焦って動くな」
「…………」
「お前が心配だから言ってるんじゃねぇぞ」
「え?」
「レオニスのためだ」
ガオンの。
「もし本当にあいつが何かを伝えようとしてるなら、下手にこっちが動けばどうなる?」
「…………」
考える。
もし。
ガオンが。
誰かに見られてるから。
普通に書けなかったなら。
「あ……」
「分かったか?」
「俺達が気づいたって、向こうにバレるかもしれない」
「そういうことだ」
「…………」
「助けに行くことが、そいつを危険に晒すことだってある」
何も。
できない。
じゃない。
何もしないことも。
必要な時がある。
「…………はい」
「いい返事だ」
「でも」
「なんだ?」
「何か分かったら教えてください」
「それはアーヴェルに言え」
「隊長!」
「必要な情報であれば伝える」
「必要じゃなくても!」
「駄目だ」
「なんで!」
「お前は軍人だ」
「…………」
「知りたいから、で機密情報を渡せると思うか?」
「…………思いません」
「よろしい」
昨日から。
軍人。
難しい。
「ははっ」
イグナーツさんが笑う。
「まぁ、そう落ち込むな」
「落ち込んでません」
「顔に出てるぞ」
「…………」
また。
「アルト君」
「何?」
「口、尖ってますよ」
「尖ってない!」
「尖ってます」
「レテまで!」
少しだけ。
空気が戻る。
でも。
「さて」
イグナーツさんが立ち上がった。
「俺は戻る」
「もうですか?」
「こっからが仕事なんだよ」
手紙の写しを手に取る。
「アーヴェル」
「はい」
「この件、しばらく俺に預けろ」
「分かりました」
「レテ」
「はい」
「今聞いた話は他言無用だ」
「承知しました」
「アルト」
「はい!」
「お前もだぞ」
「分かってます!」
「本当か?」
「なんで俺だけ確認するんですか!」
「一番不安だからだよ」
「ひどい!」
「はははっ!」
扉へ向かう。
その途中。
イグナーツさんが足を止めた。
「……ただな」
「?」
振り返る。
その顔から。
また笑みが消えていた。
「俺の勘違いなら、それが一番いい」
「…………」
「だが」
手にした。
ガオンの手紙。
「どうも今回は――」
一瞬。
目が鋭くなる。
「嫌な臭いがする」
それだけ言って。
イグナーツさんは部屋を出ていった。
「…………」
閉じた扉を見る。
それから。
机に残された。
ガオンからの手紙。
昨日まで。
ガオンはルミナスに帰っただけだった。
また。
そのうち。
戻ってくる。
そう思ってた。
でも。
もしかしたら。
もう。
何かが始まっているのかもしれない。




