手紙②
「先輩」
「おう」
イグナーツさんは机まで歩いてくると、手にしていた写しを隣に置いた。
「何か分かりましたか?」
「いくつかな」
「もう?」
この手紙。
届いたの、今朝だよな?
「なんだ、その顔」
「いや、早いなって」
「情報局長なめんなよ?」
「なめてないです!」
「ははっ、冗談だ」
イグナーツさんが椅子を引いて腰を下ろす。
「で、二人とも読んだんだろ?」
「はい」
「どう思った?」
「ガオンが本当に王族だったんだなって」
「そこじゃない」
アーヴェル隊長に即座に言われた。
「分かってます!」
「ははっ! まぁ、気持ちは分かるけどな」
「ですよね!」
「レオニス、普段はあんなだからなぁ」
「先輩まで……」
「レテは?」
「私ですか?」
「あぁ。アーヴェルが言ったところ以外で、何か気になったか?」
「そうですね……」
レテが手紙へ目を落とす。
少し考えてから、一ヶ所を指差した。
「同じような意味の文章が多い気がします」
「ほう」
「ここでガイストへの感謝を伝えているのに、少し後でも表現を変えて、また同じように礼を述べています」
「いいところ見てるな」
「ありがとうございます」
「そんなに変なんですか?」
「変とまでは言えねぇよ」
イグナーツさんが手紙を引き寄せる。
「王族が他国へ送る書簡だ。丁寧に書こうとして回りくどくなることもある」
「じゃあ普通?」
「だから、すぐに答えを決めるなって昨日教えただろ?」
「あ」
「一つだけなら、な」
イグナーツさんが一文を指差す。
「ここは長い。必要以上に丁寧だ」
次。
「ここもだ」
さらに次。
「なのに、こっちは妙に簡潔だ」
「…………」
言われてから読むと。
確かに。
なんとなく。
バラバラな感じがする。
「文章ってのはな、書いた奴の癖が出る」
「癖?」
「あぁ。よく使う言葉、文章の長さ、言い回し。句読点を入れる場所。文字の大きさ。書いた本人が意識してなくても、色んなところに残る」
「そんなところまで見るんですか?」
「見る」
即答だった。
「情報局には過去にルミナスから届いた書簡も保管されてる。レオニス本人が書いたものもな」
「ガオンが書いた昔の手紙もあるんですか?」
「あぁ」
「読みたい!」
「駄目だ」
「ちょっとくらい!」
「駄目だ」
「なんで!?」
「お前に見せるために保管してんじゃねぇよ」
「先輩」
アーヴェル隊長が口を挟む。
「話が逸れています」
「誰のせいだと思ってんだ」
「アルトです」
「俺!?」
「まぁいい」
イグナーツさんが笑いながら、手紙へ視線を戻した。
「今、過去の書簡と照合させてる。普段使わない言葉が増えてないか。逆に、いつも使う言葉が不自然に消えてないか」
「それで何か分かるんですか?」
「分からん」
「え?」
「まだな」
イグナーツさんが俺を見る。
「大事なのは、最初から答えを決めて調べないことだ」
「…………」
「例えば最初から『これは暗号だ』って決めつけたらどうなる?」
「暗号を探す?」
「そうだ。そうすると、ただの偶然まで暗号に見えてくる」
「なるほど……」
「だから可能性を一つずつ潰す。普通の書簡としておかしくないのか。本当にレオニス本人が書いたのか。途中で誰かが手を加えていないか」
そこで。
封筒を手に取る。
「文章だけ見て終わりじゃねぇぞ」
「まだあるんですか?」
「こっちの方が多いくらいだ」
封筒を裏返す。
「紙、インク、筆圧、文字の乱れ、封蝋」
一つずつ。
指を折っていく。
「それから、いつ出されたか。どこから出されたか。普段と違う経路を通ってないか。届くまでに何人の手を経たか」
「…………」
多い。
「そこまで調べるんですか?」
「必要ならな」
イグナーツさんが封蝋の跡を指差す。
「例えば、こいつが一度剥がされていれば?」
「誰かが読んだ?」
「その可能性が出てくる」
「じゃあ紙が違ったら?」
「いつもの場所で書けなかったのかもしれねぇ」
「インクは?」
「同じだ」
「…………」
「どうした?」
「なんか楽しくなってきた」
「お前、情報局来るか?」
「行きません」
「即答かよ」
「だって難しいし」
「そこは正直なんだな」
「アルト」
アーヴェル隊長が呆れたように俺を見る。
「遊びではないぞ」
「分かってます!」
でも。
すごい。
俺にはただの手紙にしか見えなかった。
文字を読んで。
書いてあることを知って。
それで終わり。
でも、イグナーツさんは違う。
紙も。
インクも。
文字も。
この手紙がここへ来るまでのことまで。
全部、情報として見ている。
「…………」
昨日。
情報局で教えてもらった。
疑って。
確かめて。
考える。
あの時は分かったつもりだったけど。
実際に見ると、全然違う。
「すげー……」
「だから感心するのはまだ早ぇって」
「これで基本なんですよね?」
「あぁ」
「情報局怖っ」
「なんでだよ」
「手紙一枚でそこまで見られるんですよね?」
「仕事だからな」
イグナーツさんが肩をすくめる。
「一個一個じゃ、大した意味がねぇことも多い。紙が違った。いつもと違う言葉を使った。届くのが一日遅かった。それだけじゃ何も分からねぇ」
手紙を机へ戻す。
「だが、小せぇ違和感でも、いくつか重なれば話は変わる」
「…………」
「点を集めるんだ」
「点?」
「あぁ」
イグナーツさんが紙の上を指で叩く。
「一つの点じゃ、ただの点だ」
もう一ヶ所。
「二つでも、まだ分からねぇ」
さらに。
三つ。
四つ。
「だが、集めていけば――」
指が動く。
「形が見えてくることがある」
「おお……」
「もちろん、見えた形が正しいとは限らねぇ。だからまた確かめる」
「…………」
難しい。
でも。
ちょっとだけ。
分かった気がする。
「それで先輩」
アーヴェル隊長が口を開く。
「今回の手紙は?」
「あぁ」
イグナーツさんの表情が変わった。
「今のところ、封蝋に開けられた形跡はない。紙とインクにも妙なところは見つかってねぇ。筆跡もレオニス本人のものと見ていい」
「じゃあ、やっぱりガオンが書いた?」
「あぁ」
「途中で誰かが書き換えたとかは?」
「可能性は低いな」
「…………」
なら。
この。
変な文章は。
「レオニス自身が書いた可能性が高い」
アーヴェル隊長が言う。
「そうなる」
「…………」
ガオンが。
自分で。
「じゃあ、やっぱり何か伝えようとしてる?」
「まだそこまでは言ってねぇよ」
「でも!」
「落ち着け」
イグナーツさんが軽く手を上げる。
「文章の不自然さも、ただ久しぶりに王族らしく書こうとして張り切っただけかもしれねぇ」
「…………」
ガオンなら。
ちょっとありそう。
「ありそうですね」
レテも頷いた。
「レテまで!」
「私、何も言ってませんよ?」
「顔!」
「アルト君に言われたくありません」
「なんで!?」
「ははっ!」
イグナーツさんが笑う。
「だから、手紙だけならまだ判断できねぇ」
「手紙だけなら?」
アーヴェル隊長が反応した。
「…………」
イグナーツさんの笑いが止まる。
あ。
今。
空気が変わった。
「先輩」
「あぁ」
椅子へ深く腰掛ける。
「ここまでは、この手紙だけを見た話だ」
「…………?」
なんだ?
「何かあるんですか?」
俺が聞くと、イグナーツさんは少しだけ黙った。
それから。
机の上に置かれた。
ガオンの手紙を見る。
「少し前からな」
さっきまでとは違う。
情報局長の顔。
「ルミナスについて、妙な情報が入ってきてる」
「ルミナス?」
「あぁ」
イグナーツさんが俺達を見る。
「どうもあの国で――」
一拍。
「良からぬことを考えてる奴らがいるらしい」
「…………」
ガオンの。
手紙が。
急に。
別のものに見えた。




