手紙
翌日。
「アルト君」
「ん?」
軍舎へ入ったところで、レテに声をかけられた。
「おはようございます」
「おはよう!」
「今日はちゃんと来ましたね」
「昨日もちゃんと来ただろ!」
「そうでしたっけ?」
「絶対覚えてるだろ」
「ふふっ」
朝から楽しそうだな。
「今日って訓練だよな?」
「はい。午前中はその予定です」
「よし!」
昨日は一度もできなかった。
ようやく訓練。
「誰とやるんだろ」
「確かログも一緒だったと思いますよ」
「焦げパンか」
「また怒られますよ?」
「本人いないから大丈夫」
「聞こえてるかもしれませんよ?」
「怖いこと言うなよ!」
思わず周りを見る。
いない。
よし。
「アルト。オーズィラ」
「!」
後ろから声がした。
振り返ると、アーヴェル隊長が立っていた。
「アーヴェル隊長!」
「おはようございます、隊長」
「あぁ。二人とも、少しいいか」
「訓練は?」
「後だ」
「…………」
後。
嫌な予感がする。
「書類ですか?」
「違う」
「よかった!」
「お前は昨日何を学んだ」
「書類も大切です!」
「なら嫌そうな顔をするな」
「それとこれとは別です!」
「まったく……」
アーヴェル隊長が小さく息を吐く。
「レオニスから手紙が届いた」
「ガオンから?」
「あぁ」
「ガオンさんから?」
レテも少し驚いた顔をする。
「今朝届いた。お前達にも目を通してもらいたい」
「俺達に?」
「あぁ。来い」
◇ ◇ ◇
部屋へ入ると、机の上には一通の手紙が置かれていた。
「これですか?」
「あぁ」
「読んでいいんですか?」
「そのために呼んだ」
「じゃあ」
手紙を手に取る。
ガオンからの手紙。
何が書いてあるんだろう。
ルミナスの飯とか。
久しぶりに帰ったら王様に怒られたとか。
そんな感じかな。
開く。
「…………」
読む。
「…………?」
「どうした、アルト」
「いや……」
読める。
ちゃんと読める。
でも。
なんだ、これ。
『先日はガイスト滞在中、格別の厚情を賜り、心より感謝申し上げる。帰国後は王族としての務めに復し、変わらぬ日々を過ごしている』
「…………」
誰?
さらに読む。
『貴国において得た経験は、私にとって大変有意義なものであった。ガイストの皆々様におかれても、変わらず健やかに過ごされていることを願っている』
「…………」
誰だ?
「アルト君?」
レテが俺の顔を覗き込む。
「どうしました?」
「これ、本当にガオン?」
「レオニス本人の筆跡だ」
「いや、そうじゃなくて」
もう一度、手紙を見る。
「ガオンってこんな文章書けるの?」
「…………」
「…………」
アーヴェル隊長とレテが黙る。
「書けますよ」
「書けるの!?」
「ガオンさん、一応王族ですよ?」
「一応って言った!」
「あ」
「オーズィラ」
「……失礼しました」
レテが目を逸らす。
やっぱりレテも思ってるんじゃん。
もう一度、手紙を見る。
いつものガオン。
大声で笑って、すぐ熱くなって、腹が減ったって騒いで。
獅子座に選ばれた、ガオン・レオニス。
そして手紙。
『格別の厚情を賜り――』
「…………」
同じ人なんだよな。
「ガオン」
「レオニスだ」
「あ、はい」
アーヴェル隊長を見る。
「ガオンって、本当に王族なんですね……」
「今更何を言っている」
「いや、知ってましたけど!」
「ならなぜ驚く」
「知ってるのと実際見るのは違うんですよ!」
「意味が分からん」
「私もちょっと分かります」
「オーズィラまで何を言っている」
だよな。
「やっぱりレテも思うよな!」
「少しだけですよ」
「俺、すごい思った」
「本人には言わない方がいいですよ」
「なんで?」
「怒ると思います」
「ガオンなら笑うんじゃない?」
「……確かに」
「お前達」
アーヴェル隊長の声に、俺とレテが口を閉じる。
「あ」
「すみません」
「話が逸れている」
そうだった。
手紙。
「でも、なんで俺達にも見せるんですか?」
「そこだ」
アーヴェル隊長の表情が変わる。
「レオニスが王族として正式な書簡を書くこと自体は、おかしくない」
「はい」
「だが、この手紙は少々妙だ」
「妙?」
「あぁ」
アーヴェル隊長が手紙を指差す。
「内容が整いすぎている」
「整いすぎ?」
「礼儀として間違っているわけではない。むしろ、王族から他国へ送る書簡としては正しい」
「じゃあ、いいんじゃないですか?」
「それだけならな」
「?」
「レオニスはガイストに滞在していた。私達の人柄も知っている。そのレオニスが、わざわざここまで形式張った文章だけを送ってくることに違和感がある」
「…………」
もう一度、手紙を見る。
確かに綺麗で、丁寧で、堅苦しい。
ガオンらしくない。
「そして、何より――」
アーヴェル隊長の指が、手紙の下へ動く。
「ここだ」
「?」
『今後、再び貴国を訪れる機会は叶わぬものと思われるが、ガイストで得た縁と経験を忘れることはない』
「…………」
「レオニスの留学停止は、まだ正式には決まっていない」
「え?」
アーヴェル隊長を見る。
「そうなんですか?」
「あぁ。ルミナスへの一時帰国は決まっていた。だが、その後についてはこちらも正式な通達を受けていない」
「…………」
「にもかかわらず、この文章はまるでもうガイストへ戻らないことが決まっているように読める」
もう一度、そこを読む。
再び貴国を訪れる機会は、叶わない。
「本当だ……」
帰る時、そんなこと言ってなかった。
「ガオン、もう戻ってこないんですか?」
「分からん」
「でも、ここには……」
「だから妙なんだ」
レテが手紙を覗き込む。
「ガオンさん自身が、留学をやめると決めた可能性は?」
「もちろんある」
「では――」
「だが、それならそれで不自然だ」
アーヴェル隊長が続ける。
「レオニスは王族だ。本人の意思だけで決められる話ではない。まして、両国間で正式な話が決まるより先に、それを確定事項としてこちらへ伝えるとは考えにくい」
「…………」
さっきまで、本当に王族だったんだって驚いてたけど。
王族だからこそ、勝手には決められない。
「じゃあ……なんでこんなこと書いたんだ?」
「それを確かめる必要がある」
アーヴェル隊長の表情が険しくなる。
「単なる言葉の綾なら、それでいい。だが、レオニスが意図してこの文章を書いたのだとすれば――」
一拍。
「我々に何かを伝えようとしている可能性がある」
「…………」
何かを伝える。
でも、それなら普通に書けばいい。
「でも、何か伝えたいなら普通に書けばよくないですか?」
「そうですね」
レテも頷く。
「助けが必要なら、そう書けばいいはずです」
「あぁ」
アーヴェル隊長も否定しない。
「だからこそだ」
「?」
「もし、普通には書けない理由があるとしたら?」
「…………」
普通に書けない。
少し考えて、一つ思い浮かぶ。
「誰かに読まれる?」
アーヴェル隊長が俺を見る。
「可能性の一つだ」
「…………」
急に、嫌な感じがした。
ガオン。
今、どうしてるんだ?
「そこで」
アーヴェル隊長が扉へ目を向ける。
「先輩にも確認を頼んだ」
「先輩?」
その時。
コンコン。
扉が鳴った。
「入るぞ」
「あ」
昨日聞いたばかりの声。
扉が開く。
「朝から面白いもん持ってきてくれたな、アーヴェル」
情報局長。
イグナーツ・レンズ。
その手には、同じ手紙の写しが握られていた。




