不穏な影②
アルトが残骸を覗き込む。
「結界を越えてきたのか?」
「たぶん違う。」
ヒルトは焼けた接続金具を拾い上げた。
「外から完成した状態で入ってきたなら、国境の精霊結界に気づかれる可能性が高い。」
「じゃあ、どうやってここに?」
「部品のまま運び込んだんだと思う。」
「動いていない部品なら、魔具として認識されにくい。」
「国内へ入れてから、誰かが組み立てて起動した。」
アルトは目を細める。
「この国に仲間がいるってことか。」
「少なくとも、組み立てた誰かは国内にいる。」
ヒルトは部品を見つめたまま、表情を曇らせる。
そのとき、木々の間から複数の足音が近づいてきた。
「そこを動くな!」
鋭い声が響く。
現れたのは、周辺警戒に配置されていた別部隊の兵士たちだった。
先頭に立つ兵士は、地面に散らばる残骸と、銃を手にしたヒルトを交互に見る。
「何があった。」
「獣型魔具に襲われた。」
ヒルトは《ツインコード》の銃口を下げた。
「脚を撃ち抜いて停止させたけど、直後に自壊した。」
兵士の一人が、残骸の前へしゃがみ込む。
「これは……ヴォルグ製か。」
「ああ。」
ヒルトが答えた、その瞬間。
別の兵士の視線が、ヒルトの手元へ向いた。
「その銃。」
ヒルトはわずかに眉を動かす。
「何?」
「それもヴォルグ製ではないのか。」
森の空気が、わずかに変わった。
「そうだけど。」
「なぜこの場にヴォルグ製の魔具が現れ、同時にお前がヴォルグ製の魔器を持っている。」
ヒルトの表情が固まる。
「偶然だよ。」
「それを信じろと?」
「《ツインコード》は正式な手続きを経て所持を許可されてる。」
「許可の話をしているのではない。」
兵士は一歩、ヒルトへ詰め寄った。
「この魔具と、お前の魔器に関係がないと証明できるのか。」
ヒルトは答えなかった。
状況だけを見れば、疑われても仕方がない。
ヴォルグ製の魔具。
ヴォルグ製の双銃。
そして、現場にいたヒルト。
重い沈黙が落ちる。
その中で、アルトが一歩前へ出た。
「ヒルトは関係ない。」
兵士の視線がアルトへ向く。
「なぜ分かる。」
「ずっと俺の後ろにいた。」
「それが何だ。」
「俺を見張ってたんだ。」
アルトは真っ直ぐに兵士を見る。
「魔具を動かす暇なんてなかった。」
「事前に仕掛けていた可能性もある。」
「ない。」
「なぜ断言できる。」
「ヒルトは、こいつを壊すなって言った。」
アルトは焼け焦げた残骸へ視線を落とす。
「調べれば、誰が送り込んだか分かるかもしれないって。」
「犯人なら、そんなこと言わないだろ。」
兵士は黙り込んだ。
ヒルトは驚いたように、アルトの背中を見つめる。
監視されていることを分かっていた。
距離を取られていることも。
それでも、アルトは迷わずヒルトを庇った。
「……それだけでは疑いは晴れない。」
兵士は低い声で告げる。
「だが、ここで拘束するかは上の判断を仰ぐ。」
別の兵士へ目配せする。
「残骸を回収しろ。」
「エルナー、お前も同行してもらう。」
「分かった。」
ヒルトは抵抗せず、《ツインコード》を腰へ戻した。
そのとき。
風が木々の間を吹き抜ける。
『ヒルト!』
フィリアの切迫した声が届いた。
先ほどまでの軽さは、どこにもない。
『西側の警戒兵が倒れてる!』
『軍事局へ向かう足跡もある!』
全員の表情が変わる。
ヒルトは残骸へ目を落とした。
「……陽動だ。」
兵士が息を呑む。
「何?」
「こいつは、僕たちを東側へ引きつけるために置かれてた。」
ヒルトは軍事局の方角を見据える。
「本命は西側だ。」
アルトが《砕》を握り直す。
「行くぞ、ヒルト。」
「でも、僕は――」
「疑ってる場合じゃないだろ。」
アルトは兵士たちへ目を向けた。
「本物の敵が中へ入ろうとしてる。」
兵士は一瞬迷ったあと、短く命じた。
「全員、西側へ向かう。」
「エルナー。疑いが晴れたわけではない。」
「だが今は、お前の力を借りる。」
「……了解。」
ヒルトは再び《ツインコード》を抜いた。
アルトと並び、軍事局西側へ向かって駆け出す。
その横顔からは、先ほどまでの気弱さが消えていた。




