間話 獣の森の奥で
時は。
少し遡る。
獣の森。
ドグラスとの戦いを終えた。
その直後。
「ふ、ふぅ……」
ルールーは小さく息を吐いた。
服には土汚れ。
腕や頬には、僅かな擦り傷。
それでも。
大きな怪我はない。
「お、終わりました……よね?」
周囲を見回す。
ドグラスはもう動かない。
「よ、よかったぁ……」
ほっと胸を撫で下ろす。
だが。
ぱちっ。
「……?」
ぱちぱちっ。
「…………」
ルールーが振り返る。
メラメラと。
木々が燃えていた。
「あ……」
右を見る。
燃えている。
左を見る。
そこも燃えている。
「そ、そうでした……!」
ドグラスを倒して。
終わりではない。
そもそも。
ルールーがここに残った理由は。
「しょ、消火しないと……!」
身の丈を超える。
巨大な水の大斧。
《水標》。
それを握り直し、燃え盛る森へ向かおうとした。
その時。
「ギャウッ!」
「ひゃっ!?」
炎の向こうから。
一体の魔獣が飛び出してきた。
「…………!」
魔獣はルールーには目もくれず。
その横を必死に駆け抜けていく。
「…………」
煤にまみれ。
毛の一部は焼け焦げていた。
「ひ、酷い……」
さらに。
一体。
また一体。
森の奥から魔獣達が飛び出してくる。
「…………」
獣の森に。
多くの魔獣が生息していることは知っている。
それでも。
こんな姿を見るとは思わなかった。
人間を警戒する魔獣も。
縄張りに入れば襲いかかってくる魔獣も。
今は。
ルールーのことなど気にも留めない。
ただ。
炎から逃げていた。
「グルッ……!」
「あっ!」
一体の魔獣が足をもつれさせ。
地面へ倒れた。
立ち上がろうとする。
だが。
もう脚に力が入らない。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄ろうとして。
気づく。
「…………」
その一体だけではない。
あちらにも。
こちらにも。
逃げ疲れた魔獣達が地面へ伏せている。
荒い息。
煤だらけの身体。
それでも。
炎は待ってくれない。
ぱちぱちと。
少しずつ。
こちらへ迫ってくる。
「…………」
ルールーは。
《水標》を強く握った。
「だ、大丈夫です」
「…………」
魔獣達が顔を上げる。
「もう……」
ルールーは。
燃え盛る森へ向き直った。
「逃げなくて、大丈夫ですから……!」
《水標》を。
両手で。
大きく振り上げる。
「…………!」
水。
ルールーの周囲から。
膨大な水が生まれていく。
一つ。
また一つ。
幾つもの水流が重なり。
巨大な水塊へと変わっていく。
「も、もう少し……!」
さらに。
水を。
集める。
「…………」
魔獣達が。
その光景を見上げていた。
まるで。
そこだけ。
海が生まれたように。
膨大な水が。
ルールーの前に広がっていく。
「こ、これなら……!」
身の丈を超える《水標》を。
さらに高く。
振り上げる。
「い、いきます……!」
一歩。
踏み込む。
「――《波割り》!」
振り下ろした。
ズンッ!
巨大な刃が。
水を叩く。
瞬間。
膨大な水が。
真っ二つに。
割れた。
「…………!」
左右へ。
押し退けられた水。
それが。
二つの。
巨大な波となる。
ザァァァァァァァァ――!
右へ。
左へ。
二つの大波が。
森を駆け抜けた。
燃え盛る炎を。
次々と。
呑み込んでいく。
ジュウウウウウウウ――!
凄まじい音と共に。
白い蒸気が。
森中から立ち昇った。
「…………」
やがて。
水が引いていく。
ぱちぱちと鳴っていた。
炎の音は。
もう聞こえない。
「…………」
「き、消えました……?」
ルールーが。
恐る恐る周囲を見る。
「…………」
火は。
ない。
「よ……」
肩から力が抜ける。
「よかったぁ……」
その時。
「グル……」
「ひゃっ!」
慌てて振り返る。
「…………」
先ほど倒れていた魔獣が。
そこにいた。
「え、えっと……」
「…………」
魔獣が。
ゆっくりと。
頭を下げる。
「……え?」
その隣でも。
一体。
また一体。
魔獣達が。
ルールーへ頭を下げていく。
「…………」
「え……」
ルールーは。
自分を指差す。
「わ、私に……ですか?」
「グルッ」
「…………」
どうやら。
そうらしい。
「あ……」
ルールーの頬が。
少しだけ緩む。
「え、えっと……」
何と返せばいいのか分からず。
おろおろと視線を彷徨わせる。
「…………」
そして。
小さく。
頭を下げた。
「ど、どういたしまして……」
魔獣達の。
小さな鳴き声が。
返ってきた。




