任務開始③
アルトはしばらく、フィリアが消えていった木々の先を眺めていた。
やがて視線を戻すと、少し後ろを歩くヒルトへ問いかける。
「そういえば、二人の固有術は何だ?」
「質問が多いね。」
ヒルトは苦笑した。
「連携には必要だろ?」
その一言に、ヒルトの足がわずかに止まる。
てっきり、ただ精霊に興味があるだけだと思っていた。
だが、アルトなりに任務のことを考えているらしい。
「……確かに。」
ヒルトはアルトとの距離を保ったまま、腰に下げた二丁の銃へ手を添えた。
「僕の固有術は《重式》。」
「魔器に組み込まれている術式へ、別の術式を追加できる。」
「追加?」
「例えば、弾丸を加速させる術式に、軌道を修正する術式を重ねたり。」
「貫通力を高める術式に、着弾した場所で衝撃を広げる術式を加えたりね。」
ヒルトは腰から片方の銃を抜き、アルトへ見えるように掲げた。
「一つの術式に、二つまで追加できる。」
「すげぇな。」
アルトは素直に目を輝かせる。
「その場に合わせて、魔器の働きを変えられるのか。」
「まあ、そんな感じ。」
「ただ、何でも好きに重ねられるわけじゃないよ。」
「術式同士の相性が悪いと、干渉して暴発する。」
「爆発するのか?」
アルトの表情が、わずかに明るくなる。
「なんで嬉しそうなの。」
「爆発はすごいだろ。」
「巻き込まれる側は、全然すごくないよ。」
ヒルトは呆れたように銃を腰へ戻した。
アルトは歩きながら、ヒルトの腰に下がる二丁を興味深そうに見る。
「その銃にも名前があるのか?」
「ああ。」
ヒルトは左右の銃へ軽く触れた。
「僕の魔器、《ツインコード》だよ。」
「ツインコード……。」
アルトはその名を確かめるように繰り返した。
「ヴォルグ製か。珍しいな。」
ヒルトの手が止まる。
「……よく知ってるね。」
「名前の響きが、ヴォルグの魔器に多いものだったからな。」
「それだけで分かったの?」
「ああ。」
ヒルトは少し意外そうに、前を歩くアルトの背中を見つめる。
「精霊術のことは何も知らないのに、そういうことは知ってるんだね。」
「そうか?」
アルトは振り返らず、不思議そうに首を傾げた。
ヒルトはそれ以上追及せず、《ツインコード》から手を離す。
「じゃあ、フィリアの固有術は?」
「《風話》。」
「自分の声を風に乗せて、離れた相手へ届けられる。」
「姿が見えなくても話せるのか?」
「話せる、というより一方的に声を送れるだけだよ。」
「こっちの声は、フィリアには聞こえない。」
「一方通行なのか。」
「そういうこと。」
そのとき。
『ヒルトー。聞こえるー?』
どこからともなく、フィリアの声が届いた。
アルトは驚いて辺りを見回す。
「フィリア!?」
「すげぇ!」
アルトが声を上げた。
だが、フィリアから返事はない。
「今のも聞こえてないのか?」
「聞こえてないよ。」
「フィリアは、自分の声を飛ばしてるだけだから。」
少し間を置いて、再びフィリアの声が風に乗って届く。
『今のところ異常なし。これから東側を確認してくるねー』
「了解。」
ヒルトは短く答えたあと、小さく息を吐いた。
「……まあ、聞こえてないけど。」
「じゃあ、どうやって返事するんだ?」
「事前に合図を決めるか、戻ってきてもらう。」
「少し不便だな。」
「便利すぎないくらいが、ちょうどいいんだよ。」
ヒルトはそう言いながらも、アルトの少し後ろを歩き続けていた。
一定の距離を保ち、その背中から視線を外さない。
アルトも、その立ち位置の意味には気づいている。
だが、振り返ることも、無理に距離を詰めることもしなかった。
しばらく歩いたところで、アルトが前を向いたまま口を開く。
「そういえば、ヒルトの精霊はどこにいるんだ?」
「え?」
「フィリアにはヒバリがいた。」
アルトは足を止めず、木々の間へ視線を巡らせる。
「ヒルトの近くにも、光があるのかと思って。」
「ああ……。」
ヒルトはアルトの背中を見ながら、わずかに歩調を緩めた。
「今は離れたところにいるよ。」
「やっぱり、俺がいるからか?」
「たぶんね。」
アルトはさらに周囲を見回した。
だが、それらしい光は見つからない。
「どんな姿なんだ?」
「興味あるの?」
「ああ。」
アルトは迷うことなく頷く。
「名前も知りたい。」
「フィリアの精霊は、黄緑色の蝶でヒバリだった。」
「ヒルトの精霊は、何色で、何に似てるんだ?」
一度に質問を重ねられ、ヒルトは困ったように笑った。
「本当に、精霊のことになると食いつくね。」
「気になるからな。」
アルトは歩きながら、少しだけ顔を横へ向ける。
「教えてくれ。」
ヒルトはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「名前は――」
その瞬間。
木々の向こうから、乾いた枝の折れる音が響いた。
ヒルトは言葉を止め、すぐに腰の《ツインコード》へ手を伸ばす。
アルトも足を止め、《砕》を握り直した。
二人の表情から、先ほどまでの緩さが消える。
「……話は後だね。」
「ああ。」
アルトは音のした方角を見据えた。
「終わったら、ちゃんと教えてくれ。」
「覚えてたらね。」
「絶対に覚えてる。」
ヒルトは小さく苦笑すると、双銃を引き抜いた。




