任務開始②
軍事局外周部。
深い森の中を、アルト、ヒルト、フィリアの三人が進んでいた。
軍事局の建物は、木々の隙間からかろうじて見える程度。
周囲には、他部隊の兵士たちも一定の間隔を空けて配置されている。
フィリアは二人の前へ回り込むと、楽しそうに両手を広げた。
「よろしくぅー、ルトルトコンビ!」
「……?」
アルトは首を傾げたが、すぐに何かへ気づいたように目を見開く。
「ああ! アルト、ヒルト!」
「すげぇ!」
「何が……。」
ヒルトは早くも疲れた顔を浮かべた。
「フィリアもふざけてないで、偵察してきて。」
「はーい。」
上機嫌な返事をすると、フィリアはアルトから少し距離を取った。
腰へ下げていた短弓が、小さく揺れる。
フィリアは片手を差し出し、楽しげに呼びかけた。
「行くよ、ヒバリ!」
その声に応えるように、彼女の周囲へ風が集まり始める。
落ち葉が舞い上がり、髪と衣服が大きくなびいた。
フィリアの差し出した手の周りを、淡い黄緑色の光が飛び回っている。
「ヒバリ?」
アルトが首を傾げる。
「フィリアの契約精霊だよ。」
ヒルトが少し離れた場所から答えた。
「契約したときに、フィリアが付けた呼び名。」
アルトは黄緑色の光へ目を凝らした。
「光なら見える。」
「光?」
「ああ。虫みたいに飛んでる。」
ヒルトは少し驚いたようにアルトを見る。
「本当は、黄緑色の蝶みたいな姿をしてるんだ。」
「アルトには、姿までは見えないんだね。」
ヒルトの目には、透き通った黄緑色の翅を羽ばたかせる小さな精霊の姿が映っていた。
ヒバリはフィリアの周りを楽しそうに飛び回り、やがて差し出された指先へと止まる。
「蝶なのにヒバリなのか?」
「可愛い名前でしょー?」
フィリアが得意げに笑った。
「蝶ならチョウでいいだろ。」
「可愛くないから却下ー!」
フィリアが腕を掲げる。
その瞬間、アルトの目に映る黄緑色の光が、ひときわ強く輝いた。
風が一気に渦を巻き、フィリアの身体を包み込む。
「《天翔け》!」
高らかに術名を唱え、二人へ向かって手を振る。
「行ってきまーす!」
フィリアは地面を蹴ると、一気に木の上まで飛び上がった。
枝へ軽やかに着地し、そのまま次の木へと跳び移る。
まるで風に運ばれているかのように、木々の間を駆け抜けていった。
「わぁ……すっげぇ……。」
アルトは口を開けたまま、遠ざかっていくフィリアを見上げていた。
「フィリアは、ああ見えて優秀だよ。」
ヒルトが腰に下げた双銃へ手を置きながら言う。
「見た目だけなら可愛いから、“天女”なんて呼ぶ人もいる。」
「天女。」
「見た目だけは可愛いからね。」
ヒルトは大事なことのように、もう一度念を押した。
アルトは遠ざかるフィリアを眺めながら頷く。
「確かに可愛いな。」
「中身を知れば印象も変わるよ。」
「そうなのか?」
「そのうち分かる。」
ヒルトは森の奥へ視線を向けた。
「じゃあ、僕らもぼちぼち行こうか。」
「ああ。」
ヒルトはアルトから少し距離を空けたまま、歩き始める。
アルトも、その意図には気づいていた。
何も言わず、無理に距離を詰めようとはしなかった。
しばらく木々の間を進んだところで、アルトが口を開く。
「そういえば、フィリアの腰に付いていたのは弓か?」
「ああ、そうだよ。」
「短弓《遠音》。」
「小回りが利いて、偵察しながらでも使いやすいらしい。」
「遠音……。」
アルトは名前を確かめるように繰り返した。
「フィリアの精霊術と相性がいいのか?」
「そうだね。」
ヒルトはフィリアが消えていった方向へ目を向ける。
「魔器自体に属性はないけど、フィリアは風を使うから、軽くて取り回しのいい短弓の方が動きを邪魔しない。」
「それに、風で矢の軌道を補助することもできる。」
「飛んでいたのも、あの弓の力か?」
「いや、あれは精霊術。」
「《天翔け》は、風を身体へ纏わせて跳躍と移動を補助する術だよ。」
「完全に空を飛び続けられるわけじゃないけど、足場がある場所ならかなり速く動ける。」
「便利だな。」
「偵察にはね。」




