よく戻った
◇ ◇ ◇
三日後。
ガラガラ。
ガラガラ。
馬車の車輪が。
石畳の上を。
ゆっくりと転がっていく。
「おお……!」
窓から。
アルトが。
顔を覗かせる。
見慣れた。
街並み。
行き交う人々。
そして。
その傍らを。
自由に飛び回る。
精霊達。
「帰ってきた……!」
精霊国家。
ガイスト。
「帰ってきたぞぉぉぉ!」
「アルト君」
「はい!」
「危ないので顔を引っ込めてください」
「はい!」
シオンに言われ。
すぐさま。
顔を引っ込める。
「…………」
その向かい。
ヒルトは。
窓の外を。
静かに眺めていた。
「…………」
帰ってきた。
自分も。
ちゃんと。
「…………」
けれど。
そこに。
兄の姿はない。
「…………」
ヒルトが。
僅かに。
目を伏せる。
ガタン。
「おっと」
馬車が。
止まった。
「到着しましたよ」
「よっしゃ!」
アルトが。
真っ先に。
馬車から飛び降りる。
「ガイストォォォ!」
「アルト君」
「…………」
「怪我人です」
「はい……」
しゅん。
「…………」
続いて。
ヒルトが。
馬車から降りる。
「…………!」
その足が。
止まった。
「……?」
アルトも。
ヒルトの視線を追う。
「…………」
一人の男が。
待っていた。
「アーヴェル隊長!」
アーヴェル・クロイツ。
「…………」
ヒルトの顔が。
僅かに。
引きつった。
「…………」
そっと。
目を逸らす。
そして。
何事もなかったかのように。
一歩。
横へ――
「エルナー」
「はい!」
ビクッ!
ヒルトの背筋が。
伸びた。
「…………」
アーヴェルが。
ヒルトへ。
歩いてくる。
「…………」
「隊長……」
「…………」
「その……」
ヒルトが。
俯く。
「すみませんでした」
「…………」
「僕……」
「エルナー」
「……はい」
「私は」
アーヴェルが。
静かに告げる。
「戻れと、お前に命じた」
「…………」
「はい……」
「そして」
ヒルトを見る。
「お前は命令通り」
「…………」
「戻ってきた」
「……!」
ヒルトが。
顔を上げる。
「…………」
怒鳴られると。
思っていた。
命令に背いた。
勝手に。
兄を追った。
それでも。
「よく」
アーヴェルの。
大きな手が。
ヒルトの肩へ。
置かれる。
「無事に戻った」
「…………っ」
ヒルトの目が。
僅かに揺れる。
「隊長……」
「まずは傷を治せ」
「…………」
「話はそれからだ」
「……はい!」
「…………」
その様子を。
隣で見ていた。
アルト。
「…………」
よかった。
ヒルトも。
ちゃんと。
帰ってきた。
「…………」
帰って――
「…………」
「あ」
「?」
アーヴェルが。
アルトを見る。
「…………」
アルトの顔が。
固まった。
「あ……」
「どうした」
「ああ……」
「?」
思い出した。
「アーヴェル隊長!」
「なんだ」
「ごめんなさい!」
バッ!
アルトが。
勢いよく。
頭を下げる。
「…………」
「俺!」
そのまま。
大声で。
「勝手にヴォルグ行きました!」
「…………」
「謹慎中だったのに!」
「…………」
「ガオンさんについて行って!」
「…………」
「勝手に潜入して!」
「…………」
「…………」
アルトが。
恐る恐る。
顔を上げる。
「……怒ってる?」
「…………」
アーヴェルが。
深く。
息を吐く。
「アルト」
「はい!」
「レオニスから話は聞いている」
「…………」
「今回の件は」
「…………」
「許す」
「……!」
アルトが。
勢いよく。
顔を上げる。
「本当!?」
「ああ」
「やった!」
「ただし」
「…………」
ピタッ。
アルトの動きが。
止まる。
「これから」
アーヴェルの手が。
アルトの肩へ。
置かれる。
「馬車馬のように働かせる」
「…………」
「覚悟しろ?」
「…………」
「え?」
「なんだ」
「それ……」
アルトの顔が。
引きつる。
「シオンさんにも言われたんだけど!」
「そうか」
「そうかじゃないよ!」
「働け」
「ガイスト軍って新人を馬車馬にする決まりでもあるの!?」
「知らん」
「じゃあなんで二人とも同じこと言うの!?」
「さあな」
「絶対怒ってるじゃん!」
「怒ってない」
「シオンさんと同じこと言ってるぅぅぅ!」
「うるさい」
「やっぱり怒ってる!」
◇ ◇ ◇
翌日。
ガイスト軍。
医務室。
「…………」
フィリアは。
ベッドの上で。
窓の外を。
眺めていた。
「フィリア」
「……?」
顔を向ける。
そこには。
ヒルト。
「やっほ」
「…………」
「体調どう?」
「…………」
フィリアが。
口を開く。
「…………」
けれど。
声は。
出ない。
「……まだ駄目か」
「…………」
こくり。
「そっか」
「…………」
「じゃあ」
ヒルトが。
持っていたものを。
差し出す。
「はい」
「……?」
一冊の。
手帳。
黄緑色の表紙。
そこには。
一輪の花の絵が。
小さく。
描かれている。
そして。
一本のペン。
「…………?」
フィリアが。
首を傾げる。
「声」
「…………」
「出ないんだろ?」
ヒルトが。
手帳を指差す。
「それで返事書いてよ」
「…………!」
フィリアの目が。
少しだけ。
見開かれる。
「僕ばっかり喋ってても――」
ペシッ。
「痛っ!」
「…………」
「なんで!?」
フィリアの頬が。
僅かに。
赤い。
「せっかく買ってきたのに!」
「…………」
フィリアが。
手帳を開く。
さらさら。
「?」
書き終えると。
ヒルトへ。
見せる。
『ありがと』
「…………」
ヒルトが。
一瞬。
黙る。
「……どういたしまして」
「…………」
フィリアが。
また。
ペンを走らせる。
『でも』
「?」
さらさら。
『叩くのは辞めないよー』
「なんで!?」
ペシッ。
「痛っ!」
「やめてよ!」
さらさら。
『辞めないよー』
「もう!」
「…………」
フィリアが。
楽しそうに。
声のない笑みを。
浮かべる。
「…………」
ヒルトも。
呆れたように。
笑った。
「……フィリア」
『?』
「好きな食べ物なに?」
「…………!?」
フィリアの手が。
止まった。
「?」
さらさら。
『なんで?』
「いや」
ヒルトが。
フィリアの喉を見る。
「今はまともに食べられないだろ?」
「…………」
「だからさ」
少しだけ。
笑う。
「喉が治ったら」
「…………」
「食べに行こうよ」
「…………!」
フィリアが。
ヒルトを見る。
少し。
迷ってから。
ペンを走らせる。
『二人で?』
「ん?」
ヒルトが。
首を傾げる。
「他も誘う?」
「…………」
ピタッ。
「…………」
「フィリア?」
さらさらさらさら。
「なんか書くの速くない?」
バンッ!
『バカヒルト』
「なんで!?」
さらさら。
『もやし』
「今関係なくない!?」
さらさら。
『ブラコン』
「それは……」
「…………」
「否定できないけど!」
「…………」
フィリアが。
ぷいっ。
顔を逸らす。
「なんなんだよ……」
さらさら。
『高級バーベキュー!』
「……?」
さらに。
書き足す。
『ヒルトの奢りね!』
「は!?」
「…………」
「なんで高級!?」
『食べたいから』
「普通のでいいじゃん!」
『高級!』
「高いじゃん!」
『高級!』
「話聞いてよ!」
『高級!』
「もう!」
「…………」
フィリアが。
肩を揺らす。
声は。
出ない。
それでも。
楽しそうに。
笑っている。
「…………」
ヒルトが。
ため息をつく。
「……分かったよ」
「……!」
「高級バーベキュー」
「…………」
「喉が治ったらな」
「…………!」
こくこく。
嬉しそうに。
何度も。
頷く。
「そんなに食べたいの……?」
さらさら。
『楽しみ!』
「はいはい」
「…………」
フィリアが。
また。
ペンを走らせようとして。
「…………」
その手が。
止まる。
「?」
ふと。
思い出した。
あの時。
ルールーに。
抱えられていた時。
意識は。
朦朧としていた。
それでも。
聞こえていた。
『いい加減にしろ……くそ兄貴』
「…………」
『もう、これ以上』
ヒルトの。
声。
『僕の大切なものを奪うな』
「…………」
そして。
『フィリアを傷つけるなら――』
「…………!」
ボッ。
フィリアの顔が。
一気に。
赤くなった。
「……?」
ヒルトが。
首を傾げる。
「フィリア?」
「…………!」
ペシッ!
「痛っ!」
「なんで!?」
ペシッ!
「ちょっと!」
ペシッ!
「さっきより強い!」
「…………!」
フィリアが。
勢いよく。
布団を掴む。
バサッ!
頭まで。
潜り込んだ。
「…………」
「…………」
「フィリア?」
「…………」
「どうしたの?」
「…………」
「ねぇ」
「…………」
「僕なんかした?」
「…………」
返事は。
ない。
布団の中。
「…………っ」
フィリアは。
真っ赤になった顔を。
ヒルトにもらった。
黄緑色の手帳で。
隠していた。
「フィリアー?」
「…………」
「なんで怒ってんの?」
「…………」
「フィリア?」
「…………」
しばらくして。
布団の隙間から。
すっ。
手だけが。
伸びる。
「……?」
その手には。
黄緑色の手帳。
そこに。
大きな文字で。
『バカヒルト!』
「だからなんでよ!」




