絶叫する男
◇ ◇ ◇
「はぁ……! はぁ……!」
森の中を。
一人の男が。
走っていた。
「クソッ……!」
ラグナ・ヴィゼル。
枝を払い。
木の根を飛び越え。
ただ。
ひたすらに走る。
「ふざけんな……!」
息を切らしながら。
吐き捨てる。
「もっと強くなれるって聞いたから……ついてきたのに……!」
思い出す。
あのガキ。
「ガキにはやられるし……!」
そして。
あの言葉。
「終いには……」
ギリッ。
歯を。
噛み締める。
「俺を殺すだと……?」
「クソが!」
ドンッ!
苛立ちのまま。
木の幹を殴る。
「どいつもこいつも……!」
肩で。
荒く息をする。
「殺し――」
ガサガサッ!
「……!」
ラグナが。
振り返る。
「誰だ!」
「…………」
返事はない。
風が。
木々を揺らす。
その奥。
深い茂み。
「…………」
何も。
見えない。
「チッ……」
ラグナが。
足元へ。
視線を落とす。
ジャラッ。
鎖。
その先。
地面を削りながら。
引きずられている。
巨大な鉄杭。
「出てこい!」
ガサッ!
「……!」
茂みが。
揺れた。
「そこか!」
ラグナが。
鎖を握る。
腰を捻り。
身体ごと。
振り抜いた。
ブンッ!
巨大な鉄杭が。
唸りを上げる。
そのまま。
茂みの奥へ。
飛び込んだ。
ガィンッ!
「……!」
硬い音。
鎖越しに。
確かな。
手応え。
「いたな!」
ラグナが。
鎖を強く引く。
ジャラララッ!
鉄杭が。
地面を削りながら。
引き戻される。
そして。
片手を。
前へ突き出した。
「――《重圧》!」
ズゥゥン!
空気が。
沈む。
地面が。
軋む。
草木が。
一斉に押し潰される。
「ハァ……ハァ……」
「…………」
静寂。
「…………」
ラグナが。
目を凝らす。
「……やったか?」
「…………」
何も。
動かない。
「ハッ……」
ラグナの口元が。
僅かに緩む。
「ビビらせやがって……」
その時。
「……っ」
ゾクリ。
「…………」
寒い。
いや。
違う。
風が。
冷たいわけじゃない。
身体の奥。
腹の底から。
這い上がってくるような。
寒気。
「また……」
ラグナが。
胸元を掴む。
「この寒気……」
「…………」
さっきも。
感じた。
理由なんて。
分からない。
ただ。
身体が。
勝手に。
震える。
「ちぃ!」
ジャラッ!
ラグナが。
鎖を巻き取る。
巨大な鉄杭を。
再び。
構える。
「ふざけんな!」
ガサッ。
「……!」
茂みが。
揺れた。
「誰だ!」
ガサ。
「…………っ」
音が。
近づいてくる。
「止まれ!」
返事は。
ない。
ガサッ。
「…………」
一歩。
ガサッ。
「…………っ」
また。
一歩。
「来るな!」
ラグナが。
鎖を握り締める。
「聞こえてんだろ!」
ガサッ。
「くっ……!」
一歩。
後ずさる。
先ほどまで。
怒りに歪んでいた顔から。
徐々に。
余裕が消えていく。
「く、来るな……!」
ガサッ。
「…………!」
茂みの奥。
何かが。
見えた。
「…………」
ラグナの目が。
大きく。
見開かれる。
「え……」
鎖を握る手が。
震える。
「あ……」
「…………」
一歩。
それが。
姿を現す。
「嘘……」
ジャラッ。
鎖が。
手から滑り落ちる。
巨大な鉄杭が。
ドスン。
地面へ落ちた。
「…………」
ラグナは。
動かない。
いや。
動けない。
「なんで……」
顔から。
血の気が。
引いていく。
「お、お前……」
「…………」
それが。
ラグナへ。
近づく。
「ま、待て……」
「…………」
「待てって……!」
ラグナが。
後ずさる。
だが。
脚が。
もつれる。
「う、うわ……」
ドサッ。
尻餅をつく。
「来るな……!」
地面を。
這うように。
後ろへ下がる。
「来るな!」
「…………」
「やめろ……!」
そして。
「ギャァァァァァァァ!」
森の中に。
ラグナ・ヴィゼルの絶叫が。
響き渡った。
「…………」
やがて。
それすらも。
途絶える。
あとに残ったのは。
風に揺れる。
木々の音。
そして。
地面に転がる。
鎖付きの。
巨大な鉄杭だけだった。




