ポロン
――ポロン。
「……?」
リヒトの動きが。
止まった。
次の瞬間。
ドンッ!
「……っ!」
背中に。
衝撃が弾ける。
「兄さん!?」
リヒトの身体が。
前へよろめいた。
「…………!」
ヒルトが。
音のした方へ。
振り返る。
「ヒ……ル……」
「…………」
聞き覚えのある。
弱々しい声。
「……え?」
木々の向こう。
蜂蜜色の髪。
その少女を。
ルールーが。
抱きかかえていた。
「フィ、フィリアちゃん! 無理しないで!」
「…………」
ヒルトの目が。
大きく見開かれる。
「フィリア……」
「ヒ……ル……」
声を出すことすら。
辛そうだった。
顔色は。
青白い。
それでも。
フィリアは。
ヒルトを見ていた。
「…………」
ヒルトは。
言葉を失う。
「なんで……」
声が。
掠れた。
「なんで来たんだよ……」
「…………」
フィリアの唇が。
僅かに動く。
けれど。
声になるより先に。
「……っ」
「…………?」
荒い呼吸。
ヒルトが。
振り返る。
「兄さん……?」
「…………」
リヒトは。
フィリアを見ていた。
次に。
ルールー。
そして。
再び。
フィリアへ。
「…………っ」
《薄氷》を握る手が。
震え始める。
「……いや……」
「兄さん?」
「いやだ……」
リヒトが。
一歩。
後ずさった。
「……食べ……」
頭を。
押さえる。
「食べない……」
「…………!」
「食べたくない……」
呼吸が。
どんどん。
荒くなっていく。
「リヒト……」
「兄さん!」
「リヒト……どこ……」
「僕はヒルトだ!」
「……!」
リヒトの瞳が。
ヒルトへ向く。
「…………っ」
違う。
違う。
そう言うように。
何度も。
首を振る。
「リヒトじゃない……」
「兄さん、何を――」
「違う……!」
パキッ。
「……!」
地面が。
凍りつく。
「も、もう……」
リヒトの声が。
震える。
「食べないで……」
「…………」
ヒルトの背筋を。
冷たいものが走った。
「兄さん……」
「食べないで……」
パキパキパキ――!
「……!」
冷気が。
一気に膨れ上がった。
草が。
木々が。
次々と。
白く染まっていく。
「フィリアちゃん……!」
ルールーが。
フィリアを。
強く抱き締める。
「兄さん!」
「食べないで……!」
リヒトが。
二振りの《薄氷》を。
大きく広げた。
「食べないでぇぇぇぇ!」
ドンッ!
冷気が。
渦を巻く。
「……!」
ヒルトが。
目を見開いた。
リヒトの背後。
青白い氷が。
急速に形を作っていく。
一頭。
二頭。
三頭。
巨大な。
氷の狼。
「…………」
だが。
どれも。
完全ではない。
一頭は。
片耳が欠け。
一頭は。
後ろ脚の一部がない。
もう一頭は。
尾が途中で途切れている。
砕けたのではない。
初めから。
そこだけが。
存在していなかったかのように。
「…………」
三頭の氷狼が。
歪な身体を沈める。
その瞳が。
一斉に。
フィリア達を捉えた。
「やめろ……」
ヒルトの顔から。
血の気が引く。
「兄さん……!」
「…………」
リヒトが。
《薄氷》を振り上げる。
「やめろ!」
「――《氷狼哭》!」
振り下ろされた。
ドンッ!
三頭の氷狼が。
一斉に。
地面を蹴る。
「フィリア!」
「っ!」
ルールーが。
咄嗟に。
フィリアを抱き締めた。
「防御……!」
水が。
二人の前へ。
集まり始める。
だが。
「……っ!」
速い。
氷狼は。
もう。
目の前まで迫っている。
「間に合わない……!」
「…………」
その言葉が。
ヒルトの耳へ。
届いた。
「…………」
目の前には。
兄がいる。
何年も。
探し続けた。
たった一人の。
家族。
何をされても。
呼び続けた。
殺されそうになっても。
手を伸ばした。
取り戻したかった。
「…………」
今だって。
その気持ちは。
変わらない。
それでも。
「…………っ」
その兄が。
今。
フィリアを。
殺そうとしている。
「…………」
傷だらけなのに。
まともに。
動くことすらできないのに。
自分のために。
ここまで来てくれた。
フィリアを。
「…………」
また。
奪われる。
「…………っ」
その瞬間。
ヒルトの中で。
何かが。
切れた。
「……いい加減にしろ」
「…………」
低い。
声。
「この……」
ヒルトが。
《ツインコード》を。
強く握り締める。
「くそ兄貴」
地面を。
蹴った。
「ヒ……ル……!」
フィリアの声。
「もう……」
ヒルトが。
二人の前へ。
飛び込む。
迫る。
三頭の氷狼。
「これ以上――」
二つの銃口を。
向ける。
兄も。
フィリアも。
仲間も。
自分の手から。
零れていくのは。
もう。
「僕の大切なものを……」
ヒルトが。
引き金へ。
指をかける。
「奪うな!」
カチッ。
「…………!」
その瞬間。
《ツインコード》が。
脈打った。




