兄弟喧嘩③
ヒルトが。
ゆっくりと。
一歩。
踏み出す。
「兄さん」
「……っ」
リヒトの肩が。
震える。
「僕さ」
「…………」
「兄さんに会ったら」
もう一歩。
「聞きたいこと」
「…………」
「いっぱいあったんだ」
「……やめ……」
「どこにいたのとか」
「…………っ」
「なんで帰ってこなかったのとか」
「やめろ……」
「なんで何も言わずに――」
「やめろ!」
ヒュンッ!
「……!」
《薄氷》が。
頬を掠める。
血が。
飛ぶ。
「…………」
それでも。
ヒルトは。
止まらない。
「怒ってたんだよ」
「…………」
「本当に」
「……っ」
「ずっと……」
声が。
僅かに震える。
「でも」
ヒルトが。
笑った。
「今はもういい」
「…………」
「帰ってきてくれれば」
「…………っ」
「それでいいから」
パキッ。
足元の氷に。
亀裂が走る。
「……かえ……」
「……!」
ヒルトが。
目を見開いた。
「兄さん?」
「…………」
リヒトの唇が。
僅かに動いている。
「今……」
一歩。
「帰るって――」
「来るな!」
ドンッ!
「ぐっ!」
氷塊が。
ヒルトの胸へ直撃する。
「がっ……!」
身体が。
地面を跳ねた。
ゴロッ。
ゴロッ。
何度も転がり。
「……ぐっ」
止まる。
「ハァ……」
立とうとする。
腕が。
震える。
「ハァ……ハァ……」
立てない。
「…………」
リヒトが。
ゆっくりと。
近づいてくる。
パキ。
パキ。
一歩ごとに。
地面が凍る。
「…………」
ヒルトが。
顔を上げる。
「……ほんと」
血を。
吐き出す。
「強すぎるよ……」
「…………」
「昔から……」
《ツインコード》を。
地面へ突く。
「何やっても……」
それを支えに。
立ち上がる。
「勝てなかったけどさ……」
「…………」
膝が。
震える。
腕も。
もう。
まともに上がらない。
「…………」
リヒトが。
《薄氷》を。
持ち上げる。
「…………っ」
ヒルトが。
構える。
来る。
ヒュンッ!
「……!」
ギィンッ!
「ぐっ!」
《ツインコード》が。
弾かれる。
一丁が。
宙を舞った。
「しまっ――」
ドゴッ!
「がっ!」
蹴り。
腹へ。
身体が折れる。
「…………」
リヒトが。
ヒルトの頭を掴む。
「ぐっ……!」
そのまま。
地面へ。
ドンッ!
「がはっ!」
視界が。
白く弾ける。
「…………」
冷たい。
頬が。
凍った地面へ押しつけられる。
「……兄……さん……」
「…………」
リヒトの手に。
力が入る。
「…………っ」
殺される。
そう。
分かっているのに。
「……覚えてる?」
「…………」
ヒルトは。
まだ。
話しかける。
「僕……」
息を。
絞り出す。
「昔から……」
「…………」
「兄さんに……」
僅かに。
笑う。
「勝てたこと……なかったよね……」
「…………」
「何やっても……」
「…………っ」
「兄さんの方が……上手くて……」
リヒトの手が。
僅かに震える。
「…………」
「でも……」
ヒルトが。
目だけを。
リヒトへ向ける。
「一回だけ……」
「…………」
「僕が勝ったこと……」
「……?」
力が。
ほんの少し。
緩んだ。
「…………!」
ヒルトが。
気づく。
「覚えてる……?」
「…………」
「兄さんが……」
息を整える。
「僕を泣かせて……」
「…………」
「母さんに怒られた時」
「……っ」
「僕……」
ヒルトが。
苦しそうに笑う。
「兄さんの後ろで……」
「…………」
「ずっと笑ってた」
「…………っ!」
リヒトの瞳が。
揺れた。
「……あ……」
「兄さん……?」
「…………」
手が。
離れる。
「……!」
ヒルトが。
咳き込みながら。
身体を起こす。
「ゴホッ……!」
「…………」
リヒトが。
ふらふらと。
後ろへ下がっていく。
「……なん……」
「…………?」
「なん……で……」
「兄さん?」
「…………」
リヒトが。
自分の頭を。
強く押さえる。
「……知ら……ない……」
「…………」
「知らない……はず……」
「…………!」
ヒルトが。
立ち上がる。
「兄さん」
「来るな……」
「今の」
「来るな!」
「覚えてるんだろ?」
「知らない!」
「だったら!」
ヒルトが。
声を張る。
「なんで反応するんだよ!」
「……っ!」
「なんで僕の話を聞くたびに!」
一歩。
「苦しむんだよ!」
「やめろ……」
「なんで!」
「やめろ……!」
「僕を殺せるのに!」
「…………っ」
「殺さないんだよ!」
「やめろぉぉぉ!」
ドゴォンッ!
氷が。
一斉に爆ぜた。
「ぐっ!」
ヒルトが。
腕で顔を守る。
「…………!」
その向こう。
リヒトが。
蹲っていた。
「……ぁ……」
「…………」
「……あぁ……」
両手で。
頭を抱え。
爪を立てている。
「兄さん……」
「……ちが……」
「…………?」
「……違う……」
リヒトが。
首を振る。
「違う……違う……」
「何が違うの?」
「…………」
「兄さん」
「違う!」
「じゃあ教えてよ!」
「……!」
リヒトが。
顔を上げる。
「僕には分からないんだよ!」
ヒルトの声が。
震える。
「兄さんがどうしてこうなったのか!」
「…………」
「何があったのか!」
「…………っ」
「なんで僕のことまで忘れたのか!」
「やめ……」
「僕は!」
ヒルトが。
胸元を掴む。
「何年も!」
「…………」
「何年も兄さんを探してたんだ!」
「……やめろ……」
「やっと見つけたのに!」
「やめろ……!」
「目の前にいるのに!」
「…………っ」
「僕のことも分からない!」
声が。
掠れる。
「話しかけても!」
「…………」
「何も答えてくれない!」
「…………っ」
「それどころか……」
ヒルトが。
傷だらけの兄を見る。
「僕を殺そうとしてる……」
「…………」
「こんなの……」
拳を。
握り締める。
「こんなの……!」
「……っ」
リヒトが。
後ずさる。
「返してよ……」
「…………?」
小さな。
声だった。
「返して……」
ヒルトが。
顔を上げる。
「兄さんを……」
「…………っ」
「僕の知ってる……」
その目に。
涙が滲む。
「うるさくて……」
「…………」
「世話焼きで……」
「…………っ」
「僕のことになると」
唇を。
噛む。
「自分のことみたいに心配してくれた……」
「やめ……」
「僕の兄さんを……!」
「やめろ……!」
「返せ……」
ヒルトの手から。
《ツインコード》が。
滑り落ちる。
カラン――。
「返せよ!」
「――っ!」
リヒトの瞳が。
大きく見開かれる。
「僕の兄さん……!」
「…………っ」
「僕の――」
ヒルトが。
叫ぶ。
「たった一人の家族を!」
「――――っ!」
リヒトの身体が。
硬直した。
パキ。
「…………?」
パキパキ――。
周囲の氷に。
無数の亀裂が走る。
「……ぁ」
「兄さん……?」
「……あ……ぁ……」
リヒトが。
頭を抱える。
「……っ」
顔が。
歪む。
「ぁぁ……」
「兄さん!?」
「違う……」
「…………」
「違う……!」
リヒトが。
自分の髪を。
掻き毟る。
「俺は……」
「……?」
「俺は……!」
その瞳が。
ぐらりと揺れる。
「マロウ……」
「…………?」
ヒルトが。
動きを止めた。
「……マロウ?」
「リヒトは……」
「…………」
「食っ……」
リヒトの口が。
止まる。
「……っ!」
突然。
両手で。
口を押さえた。
「違う……」
「兄さん……?」
「違う……!」
身体が。
震える。
「食べたくない……」
「…………!」
「もう……」
首を。
何度も振る。
「食べたくない……」
「兄さん!」
「リヒト……」
「…………?」
その声が。
幼いほど。
弱くなる。
「リヒト……」
周囲を。
見回す。
「どこ……?」
「…………」
ヒルトの背筋を。
冷たいものが走った。
「兄……さん……?」
ゆっくり。
リヒトの顔が。
ヒルトへ向く。
「…………」
目が合った。
「……!」
その瞬間。
リヒトの顔が。
恐怖に歪んだ。
「…………?」
ヒルトが。
息を呑む。
「リヒト……」
「兄さん?」
「……違う」
一歩。
リヒトが。
後ずさる。
「リヒトじゃない……」
「何を……言って……」
「違う……違う……!」
《薄氷》を握る手が。
震える。
「も……もう……」
歯が。
カチカチと鳴る。
「食べないで……」
「…………!」
ヒルトが。
目を見開いた。
「兄さん……?」
「食べないで……」
リヒトが。
怯え切った顔で。
ヒルトを見る。
そして。
次の瞬間。
その恐怖が。
殺意へ変わった。
「食べるなぁぁぁ!」
《薄氷》が。
振り上げられた。
———ポロン




