↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
264/471

兄弟喧嘩②

 その口から。


 誰のものとも分からない。


 掠れた息が。


 漏れた。


「……やめ……て……」


「…………」


 ヒルトの指が。


 止まる。


「兄さん……?」


「…………」


 リヒトは。


 俯いたまま。


 動かない。


「今……」


 聞こえた。


 確かに。


 やめて。


 そう言った。


「…………」


 ヒルトが。


 ゆっくりと。


 《ツインコード》を下げる。


「何を……やめてほしいの?」


「…………」


「僕が呼ぶこと?」


「…………」


 パキッ。


「……!」


 リヒトの足元が。


 凍りつく。


「……やめろ……」


「兄さん」


「やめろ……!」


 リヒトが。


 頭を押さえる。


 ガリッ。


 指が。


 青白い髪を掻き乱す。


「うるさい……」


「…………」


「うるさい……うるさい……」


 ヒルトが。


 息を呑む。


 明らかに。


 変わってきている。


 自分が。


 呼びかけるたびに。


 兄の中で。


 何かが。


 揺れている。


「兄さん」


「……っ!」


 ビクッ!


「やめろ!」


 ヒュンッ!


「……!」


 《薄氷》が。


 飛んでくる。


 ヒルトが。


 《ツインコード》を上げる。


 ギィンッ!


「ぐっ!」


 弾かれた。


 右腕が。


 大きく開く。


「…………!」


 もう。


 リヒトは目の前。


「っ!」


 ザシュッ!


「ぐ……!」


 肩から。


 血が飛ぶ。


「…………」


 リヒトが。


 踏み込む。


 首。


 胸。


 腹。


 急所だけを。


 正確に狙ってくる。


「くっ!」


 ギィン!


「兄さん!」


 ガキンッ!


「僕だよ!」


 ギィンッ!


「ヒルトだよ!」


「…………」


 ドゴッ!


「がっ!」


 蹴りが。


 腹へ突き刺さった。


 身体が。


 地面を転がる。


「ぐっ……!」


 立たないと。


「……!」


 顔を上げた時には。


 氷の刃が。


 目の前。


 咄嗟に。


 頭を逸らす。


 ザッ!


 頬が。


 浅く裂けた。


「…………」


 血が。


 一筋。


 落ちる。


「……本当に」


 ヒルトが。


 苦笑する。


「容赦ないな……」


「…………」


 何も。


 返ってこない。


「兄さん」


 パンッ!


「覚えてる?」


 キィンッ!


「僕が小さい頃」


 パンッ!


 パンッ!


「一人で勝手に出かけて」


 ギィンッ!


「帰りが遅くなった時!」


「…………」


 パンッ!


「帰った僕より!」


 キィンッ!


「兄さんの方が泣きそうな顔してた!」


「……っ」


「……!」


 リヒトの動きが。


 僅かに。


 鈍った。


「兄さん……?」


「…………っ」


「それなのに」


 パンッ!


「僕の顔見た瞬間!」


 キィンッ!


「すっごい怒ってさ!」


 パンッ!


「どれだけ心配したと思ってるんだって!」


「……っ」


 また。


 リヒトの腕が。


 止まる。


「…………」


 ほんの。


 一瞬だけ。


「兄さん」


「……知ら……ない……」


「……!」


 ヒルトの目が。


 見開かれる。


「今……」


「知らない……」


 リヒトが。


 頭を押さえる。


「知らない……知らない……」


「兄さん!」


「知らない!」


 ドンッ!


「ぐあっ!」


 氷塊が。


 ヒルトの胸へ直撃した。


 身体が。


 宙を舞う。


 ズザァッ!


「ぐっ……!」


 地面を転がり。


 止まる。


「ハァ……」


 息を吸うだけで。


 胸が痛い。


「ハァ……ハァ……」


 足にも。


 力が入らない。


 まともな一撃すら。


 入れられていない。


 それでも。


「…………」


 ヒルトが。


 立ち上がる。


「……嘘つき」


「…………」


「知らないなら」


 ふらつきながら。


 《ツインコード》を構える。


「なんで……そんなに苦しそうなんだよ」


「…………っ」


「僕の話をするたびに」


 一歩。


「兄さんって呼ぶたびに」


 一歩。


「なんで……」


 声が。


 震える。


「そんな顔するんだよ……!」


「…………」


 リヒトが。


 一歩。


 後ろへ下がった。


「……!」


 ヒルトが。


 目を見開く。


 初めて。


 だった。


 戦いが始まってから。


 初めて。


 リヒトが。


 自分から距離を取った。


「兄さん……?」


「来るな……」


「…………!」


「来るな……」


 リヒトが。


 《薄氷》を握り締める。


「来るな……!」


「嫌だ」


「……っ!」


「絶対に嫌だ」


 ヒルトが。


 また。


 一歩近づく。


「やっと会えたんだ」


「来るな!」


「ずっと探してた」


「……っ」


「兄さんがいなくなって」


 もう一歩。


「どこに行ったのかも分からなくて」


「…………」


「生きてるのかも」


「…………っ」


「分からなくて……」


 ヒルトが。


 《ツインコード》を握り締める。


「だから僕は」


 唇を噛む。


「兄さんを探せるくらい」


「強くなろうって……」


「…………」


 リヒトが。


 頭を押さえる。


「やめろ……」


「軍に入った」


「やめろ……!」


「戦い方だって覚えた」


「やめろ!」


「仲間もできた!」


「やめろぉぉぉ!」


 ドゴォンッ!


 冷気が。


 爆ぜた。


「ぐっ!」


 ヒルトが。


 腕で顔を覆う。


 冷たい。


 痛い。


 それでも。


 腕を下ろす。


「…………!」


 リヒトが。


 頭を抱えていた。


「……いやだ……」


「…………」


「いやだ……」


「兄さん……?」


「……違う……」


「…………?」


「違う……」


 リヒトの呼吸が。


 荒くなっていく。


「違う……違う……」


「何が……?」


「…………」


 ヒルトが。


 手を伸ばす。


「兄さん」


「……!」


 リヒトが。


 弾かれたように。


 顔を上げた。


「…………!」


 怯えている。


 ヒルトには。


 そう見えた。


 自分を。


 何度も殺そうとした兄が。


 今は。


 何かに。


 怯えている。


「……大丈夫」


 ヒルトが。


 《ツインコード》を下げる。


「僕だよ」


「…………」


「ヒルトだよ」


「……っ」


「兄さん」


 一歩。


 近づく。


「覚えてる?」


「…………」


「小さい頃」


 ヒルトが。


 僅かに笑う。


「僕が怪我して帰るたび」


「……っ」


「兄さん、すぐ怒ったよね」


「…………」


「危ないことするなって」


「やめ……」


「五つしか違わないのに」


「…………っ」


「ずっと兄貴ぶってさ」


「やめろ……」


「何するにも口出して」


「やめろ……!」


「僕が大丈夫って言っても」


 一歩。


「全然聞いてくれなくて」


「…………」


「本当に」


 ヒルトの笑みが。


 少しだけ。


 寂しそうに歪む。


「うるさい兄さんだった」


「…………っ」


「でも……」


 ヒルトが。


 リヒトを見る。


「僕は」


「…………」


「そんな兄さんが――」


「やめろ!」


 ヒュンッ!


「……!」


 《薄氷》が。


 ヒルトの手を掠めた。


 血が。


 散る。


「…………」


 ヒルトは。


 手を引かなかった。


「……痛いよ」


「…………っ」


「兄さん」


 血の流れる手を。


 見せる。


「ほら」


「…………」


「昔だったら」


 少し。


 笑う。


「これだけで大騒ぎしてた」


「……っ」


「消毒しろ」


「…………」


「ちゃんと手当てしろ」


「やめ……」


「傷が残ったらどうするんだって」


「やめろ……」


「僕よりずっと――」


「やめろ!」


「…………」


 ヒルトの表情が。


 歪む。


「だったら……」


 声が。


 震えた。


「戻ってきてよ……」


「…………!」


「こんなの……」


 血の滲む手を。


 握り締める。


「兄さんじゃないだろ……」


「…………」


 リヒトの瞳が。


 大きく揺れた。


「兄さん」


「……っ」


「僕だよ」


「…………」


「ヒルトだ」


 リヒトの。


 《薄氷》を握る手が。


 震える。


「帰ろう」


「…………っ」


「今度は僕が」


 一歩。


 ヒルトが。


 近づく。


「兄さんを連れて帰るから」


「……やめ……」


「兄さん」


「やめろ……!」


「リヒト兄さん!」


「――っ!」


 パキィンッ!


 《薄氷》が。


 地面へ突き刺さる。


「……ぁ……」


 リヒトが。


 両手で。


 頭を抱えた。


「……ぁぁ……」


「兄さん……?」


「…………っ」


 苦しそうに。


 身体を丸める。


「……ちが……」


「…………?」


 ヒルトが。


 足を止める。


「今……何て?」


「…………」


 返事はない。


「兄さん?」


「…………っ」


 リヒトの中で。


 何かが。


 軋んでいる。


 何かと。


 何かが。


 ぶつかっている。


 そんな。


 奇妙な違和感。


「…………」


 それでも。


 ヒルトには。


 まだ。


 その正体が分からない。


「……兄さん」


 もう一度。


 呼ぶ。


「…………っ!」


 リヒトの身体が。


 大きく震えた。


 その口から。


 また。


 掠れた声が漏れる。


「……やめ……て……」


 ヒルトは。


 《ツインコード》を握ったまま。


 兄を見つめる。


 攻撃は。


 一度も届いていない。


 勝負にすら。


 なっていない。


 それでも。


 初めて。


 自分の声だけは。


 届いている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。