兄弟喧嘩
カチッ。
二つの銃口が。
リヒトを捉える。
「兄さん」
「…………」
「今度こそ――」
ヒルトが。
真っ直ぐ。
兄を見る。
「僕と話そう」
「…………」
リヒトは。
答えない。
二振りの《薄氷》を。
だらりと下げている。
「…………」
ヒルトが。
息を吐く。
そして。
引き金を引いた。
パンッ!
「…………」
キィンッ!
「……!」
弾丸が。
弾かれる。
速い。
リヒトは。
ほとんど動いていない。
ただ。
《薄氷》を。
僅かに振っただけ。
「なら……!」
パンッ!
パンッ!
左右から。
二発。
キンッ!
ギィンッ!
「…………」
それも。
届かない。
「相変わらず……」
ヒルトが。
苦笑する。
「器用だね、兄さん」
「…………」
「昔からそうだった」
パンッ!
「僕が何かできるようになると」
キィンッ!
「兄さんはそれより先にいる」
パンッ!
パンッ!
「追いついたって思ったら――」
リヒトの姿が。
消えた。
「……!」
ヒルトの目が。
見開かれる。
次の瞬間。
目の前。
「…………」
「っ!」
《薄氷》。
ギィンッ!
二丁の《ツインコード》を。
交差させる。
「ぐっ……!」
重い。
両腕が。
一瞬で痺れる。
「兄……さん!」
「…………」
押し切られる。
「くっ!」
ヒルトが。
横へ受け流す。
だが。
もう一振り。
「……!」
ドゴッ!
「がっ!」
刃ではない。
柄。
それが。
ヒルトの脇腹へ叩き込まれた。
「ぐ……!」
身体が。
浮く。
ドンッ!
「がはっ!」
木の幹へ。
背中から叩きつけられた。
「……っ」
息が。
できない。
「…………」
リヒトが。
ゆっくりと。
近づいてくる。
「ハァ……」
ヒルトが。
立ち上がる。
「ハァ……ハァ……」
まだ。
始まったばかり。
なのに。
分かってしまう。
「…………」
強い。
強すぎる。
ライと戦った時とも。
違う。
何より。
自分は。
この人の戦い方を。
知っているはずだった。
「……兄さん」
「…………」
「そんな戦い方……」
《ツインコード》を。
構え直す。
「いつ覚えたの?」
「…………」
返事はない。
「僕が知らない間に?」
「…………」
「ねぇ」
パンッ!
キィン!
「答えてよ!」
パンッ!
パンッ!
キンッ!
ギィンッ!
「兄さん!」
パキ――。
「……!」
地面が。
白く染まる。
ヒルトが。
飛び退く。
次の瞬間。
ドドドドドッ!
無数の氷柱が。
地面から突き上がった。
「くっ!」
右。
左。
後ろ。
逃げる。
だが。
「……!」
退路まで。
凍る。
「しまっ――」
パキンッ!
「ぐっ!」
足首が。
氷に捕まった。
「…………」
リヒトが。
《薄氷》を振り上げる。
「兄さん!」
振り下ろす。
ギィンッ!
「ぐっ……!」
《ツインコード》で。
受け止める。
「やめ……!」
もう一振り。
ギィン!
「っ!」
もう一振り。
ガキンッ!
「兄さん!」
ギィンッ!
「僕だよ!」
ガキンッ!
「ヒルトだよ!」
ギィンッ!
「…………」
「思い出してよ!」
「…………」
リヒトの腕が。
止まった。
「……!」
一瞬。
ほんの。
一瞬だけ。
「兄……さん?」
「…………」
《薄氷》を握る。
リヒトの指が。
震えていた。
「…………」
ヒルトが。
目を見開く。
「今……」
「…………」
「僕の声……」
パキンッ!
「っ!?」
足元の氷が。
爆ぜた。
「ぐあっ!」
ヒルトが。
吹き飛ぶ。
地面を。
何度も転がる。
「ぐっ……」
それでも。
すぐに。
顔を上げる。
「…………」
リヒトが。
頭を押さえていた。
「兄さん……?」
「…………」
額を。
片手で押さえ。
俯いている。
「…………っ」
小さく。
身体が揺れる。
「兄さん!」
ヒルトが。
立ち上がる。
「聞こえてるんだろ!」
「…………」
「僕のこと……!」
「…………」
リヒトが。
顔を上げる。
「……!」
ヒルトが。
息を呑む。
その瞳が。
僅かに。
揺れていた。
「兄さん……」
「…………」
パキ。
「……?」
パキパキパキ――!
「っ!」
突然。
冷気が。
膨れ上がる。
「……う」
「兄さん?」
「…………」
「今……何か――」
「……死ね」
「……!」
ドンッ!
巨大な氷塊が。
ヒルトへ飛ぶ。
「くっ!」
横へ。
飛び込む。
ズドォンッ!
背後の木が。
凍りつく。
「…………」
ヒルトが。
地面へ膝をつく。
「ハァ……ハァ……」
頬から。
血が落ちる。
「…………」
それでも。
少し。
笑った。
「やっぱり」
「…………」
「聞こえてるじゃん」
立ち上がる。
「…………」
リヒトの眉が。
僅かに。
動いた。
「だったら」
ヒルトが。
《ツインコード》を構える。
「何回でも言うよ」
「…………」
「僕はヒルト」
パンッ!
キィン!
「リヒト・エルナーの弟!」
パンッ!
「…………!」
キンッ!
「兄さんがいなくなってから」
パンッ!
ギィン!
「ずっと探してた!」
「…………」
「兄さんの後を追って軍に入って!」
パンッ!
「強くなって!」
キィンッ!
「いつか見つけたら――」
リヒトが。
一気に距離を詰める。
「……!」
ドゴッ!
「ぐっ!」
膝が。
ヒルトの腹へ入る。
「が……!」
身体が。
折れる。
その後頭部へ。
《薄氷》が迫る。
「っ!」
ヒルトが。
地面へ転がる。
ヒュンッ!
刃が。
髪を斬った。
「ハァ……!」
立て。
まだ。
立てる。
「…………」
リヒトが。
振り返る。
「いつか……」
ヒルトが。
口元の血を拭う。
「見つけたらさ……」
「…………」
「文句の一つでも」
笑う。
「言ってやろうと思ってたんだ」
「…………」
「勝手にいなくなって」
「…………」
「どれだけ探したと思ってるんだって」
パキ――。
「どれだけ……」
声が。
僅かに震える。
「心配したと思ってるんだって」
「…………」
「…………」
リヒトの。
《薄氷》が。
ゆっくりと上がる。
「でも……」
ヒルトは。
逃げない。
「会えたら」
ただ。
兄を見る。
「そんなの……どうでもよかった」
「…………」
「生きててくれたなら」
ヒルトが。
少しだけ笑う。
「それでよかったんだ」
「…………」
ピクッ。
リヒトの頬が。
動いた。
「……?」
ヒルトが。
気づく。
「兄さん?」
「…………」
リヒトの口が。
僅かに開く。
「…………」
何かを。
言おうとしている。
「兄さん!」
一歩。
ヒルトが近づく。
「僕だよ!」
「…………っ」
「帰ろう」
「…………」
「一緒に――」
「……うる……」
「……!」
ヒルトの足が。
止まる。
「兄さん?」
「……うる……さい……」
「…………!」
頭を。
押さえる。
「……っ」
リヒトが。
苦しそうに。
顔を歪める。
「兄さん!」
「……うるさい……」
パキパキパキパキ――!
周囲の木々が。
一斉に凍りつく。
「……うるさい……!」
初めて。
感情が。
声に滲んだ。
「…………」
ヒルトは。
呆然と。
兄を見る。
苦しんでいる。
自分が。
呼びかけるたびに。
「…………」
それでも。
ヒルトは。
《ツインコード》を。
握り直した。
「……嫌だ」
「…………!」
「やめないよ」
「……うるさい……」
「うるさくていい」
一歩。
「嫌われたっていい」
もう一歩。
「殺されそうになったって――」
リヒトを。
真っ直ぐ見る。
「僕は呼ぶから」
「…………っ」
「兄さん」
「……!」
ビクッ。
リヒトの身体が。
大きく震えた。
「兄さん」
「やめ……」
「兄さん!」
「やめろ……!」
「リヒト兄さん!」
「――っ!」
ドゴォンッ!
冷気が。
爆発した。
「ぐっ!」
ヒルトの身体が。
後方へ吹き飛ぶ。
それでも。
地面へ手をつき。
踏み止まる。
「ハァ……ハァ……!」
「…………」
顔を上げる。
「……!」
リヒトは。
頭を抱えていた。
二振りの《薄氷》が。
震えている。
「……ちが……」
「…………?」
小さな。
声。
「兄さん?」
「…………」
それ以上は。
聞き取れない。
リヒトが。
ゆっくりと。
顔を上げる。
「…………」
朦朧としていた瞳が。
さっきよりも。
激しく揺れている。
「…………」
ヒルトが。
息を整える。
身体中が。
痛い。
まともに。
攻撃すら届いていない。
勝てるなんて。
もう。
思っていない。
それでも。
「……やっと」
ヒルトが。
血の滲む口元で。
笑った。
「少し……話してくれたね」
「…………っ」
「次は」
《ツインコード》を。
もう一度。
構える。
「ちゃんと僕の名前を呼んでもらうから」
「…………」
リヒトの顔が。
また。
苦痛に歪んだ。
そして。
その口から。
誰のものとも分からない。
掠れた息が。
漏れた。
「……やめ……て……」




