なんだこの匂い
◇
「……シオンさん」
「どうしました、アルト君?」
アルトが。
足を止めた。
「寒く……ないですか?」
「…………」
シオンも。
足を止める。
寒い。
少し肌寒い。
そんな程度ではない。
「……確かに」
シオンが。
白い息を吐いた。
「さっきまで、こんなに寒くなかったですよね?」
「ええ」
「…………」
アルトが。
両腕を擦る。
寒い。
身体の芯まで。
凍えてしまいそうなほど。
空気が。
冷え切っている。
「アルト君」
「はい」
「警戒してください」
シオンの声が。
低くなる。
「この寒さ……自然なものではありません」
「……はい」
アルトも。
武器へ手をかける。
その時。
パキッ――。
「……!」
二人が。
同時に前を見る。
パキ。
パキパキ――。
何かが。
凍っていくような音。
「…………」
アルトが。
息を呑む。
木々の向こう。
薄い霧の中に。
何かが見える。
「……人?」
ゆらり。
人影が。
揺れた。
一歩。
こちらへ。
パキッ――。
「……!」
人影が踏んだ場所から。
地面が凍った。
霜が。
青白く広がっていく。
もう一歩。
パキパキパキ――。
草が。
凍る。
木の根が。
凍る。
石の表面まで。
白く染まっていく。
「…………」
男が。
ゆっくりと。
こちらへ歩いてくる。
青白い髪。
細身の身体。
整った顔立ち。
けれど。
その瞳は。
どこか朦朧としていた。
焦点が。
合っているのか。
いないのか。
分からない。
ただ。
ゆっくり。
ゆっくりと。
歩いてくる。
その度に。
パキッ――。
世界が。
凍っていく。
「…………」
シオンが。
静かに霊器を構えた。
「アルト君」
「はい」
「私の後ろへ」
「……でも」
「まだ敵とは限りません」
シオンは。
男から目を離さない。
「だからこそです」
「…………」
アルトも。
警戒を解かない。
明らかに。
普通ではない。
あの男が。
歩いているだけで。
周囲が凍っている。
「…………」
男が。
また一歩。
近づく。
その顔が。
はっきりと見えた。
「…………?」
アルトが。
眉を寄せる。
(あれ……?)
何か。
引っかかった。
この男。
初めて見るような。
でも。
どこかで見たような。
「…………」
じっと。
顔を見る。
(誰だっけ……)
青白い髪。
朦朧とした瞳。
見覚えがある。
というより。
誰かに。
似ている。
「…………!」
アルトの頭に。
一人の顔が浮かんだ。
(ヒルト……?)
似ている。
もちろん。
同じ顔じゃない。
それでも。
目元。
鼻筋。
顔立ちのどこかに。
ヒルトの面影がある。
「……アルト君?」
「この人……」
「知っているんですか?」
「いや……」
アルトが。
記憶を辿る。
どこかで。
見た。
最近。
それも――。
「…………あ」
ヴォルグ。
「……思い出した」
「え?」
「シオンさん」
アルトが。
男を見たまま言う。
「俺、この人見たことあります」
「どこで?」
「ヴォルグです」
「……!」
シオンの目が。
僅かに細くなる。
「間違いありませんか?」
「はい」
あの時。
一瞬だった。
話したわけでもない。
けれど。
確かに見た。
「それに……」
アルトが。
もう一度。
男の顔を見る。
「ヒルトに……似てる」
「…………」
その時。
男の足が。
止まった。
「……?」
アルトも。
口を閉じる。
「…………」
青白い髪の男が。
ゆっくりと。
顔を上げた。
朦朧とした瞳が。
シオンを通り過ぎる。
そして。
アルトへ。
向いた。
「…………」
男の眉間に。
僅かに皺が寄る。
「……っ」
鼻につく。
異臭。
実際に。
何かが臭っているわけではない。
けれど。
男の中にある何かが。
目の前の存在を。
拒絶する。
「…………」
気持ちが悪い。
不快。
近づきたくない。
理由なんて。
分からない。
ただ。
本能が。
そう訴えてくる。
「……なんだ」
男が。
初めて口を開いた。
低く。
どこか気怠い声。
「この臭い……」
「…………!」
シオンが。
僅かに前へ出る。
アルトを。
庇うように。
「あなたは何者ですか?」
「…………」
男は。
答えない。
見ているのは。
シオンではない。
その後ろ。
アルト。
「…………」
アルトも。
男を見返す。
パキッ――。
男の足元から。
また。
氷が広がった。
ゆっくりと。
アルト達の足元へ向かって。
這うように。
青白い霜が。
近づいてくる。
「アルト君」
「……はい」
二人が。
同時に構える。
「…………」
男は。
そんな二人を見ても。
朦朧とした表情を。
ほとんど変えなかった。
ただ。
アルトを見つめたまま。
もう一度。
小さく呟いた。
「……気持ち悪ぃ」
パキン――。
二人の間で。
地面が。
凍りついた。




