↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
250/481

終幕

 キールの周囲の空気が。


 大きく震えた。


「……っ!?」


 キールが。


 咄嗟に飛び退く。


 ドンッ!


「ぐぁっ!」


 何もないはずの空間から。


 衝撃が叩き込まれた。


 身体が大きく揺れる。


「な……なんだ……今のは……!」


 キールが。


 仕込み杖を振るう。


 ブワッ!


 風が。


 自らを守るように。


 幾重にも巻きついていく。


「こんなもの……!」


 さらに。


 風を重ねる。


「すべて防いでしまえばいい!」


「…………」


 フィリアは。


 《遠音》へ指を添えたまま。


 キールを見つめる。


 もう。


 分かっていた。


 どれだけ風を纏っても。


 どれだけ風を乱しても。


 そこから。


 空気そのものが。


 なくなるわけじゃない。


「…………」


 キールの顔が。


 引きつる。


「認めん……」


「…………」


「認めんぞ……!」


 仕込み杖を。


 強く握り締める。


「お前のような小娘が……!」


 風が。


 さらに激しく渦巻く。


「この私を……!」


 乱れた髭。


 露わになった首元の火傷痕。


 金歯を剥き出しにして。


 キールが叫ぶ。


「このキール・ヘペスを差し置いて!」


 仕込み杖を。


 大きく振り上げる。


「主役になどぉぉぉ!」


「…………」


 フィリアは。


 そんなキールを。


 静かに見つめていた。


「別に……」


「あぁ!?」


「私」


 《遠音》を握る。


「主役になりたいわけじゃないよ」


「……!」


「私はただ――」


 浮かぶ。


 みんなの顔。


 帰りたい場所。


 そして。


 帰ってきてほしい。


 たった一人の顔。


「みんなのところに帰りたいだけ」


「黙れぇぇぇぇ!」


 キールが。


 地面を蹴った。


 風を纏い。


 一直線に。


 フィリアへ迫る。


「私が主役だ!」


 一歩。


 また一歩。


 凄まじい速度で。


 距離が縮まる。


「この舞台の!」


 仕込み杖を振りかぶる。


「最後に立っているのは!」


 風が。


 唸りを上げる。


「この私だぁぁぁぁ!」


「…………」


 フィリアは。


 動かなかった。


 逃げない。


 矢も。


 番えない。


 ただ。


 《遠音》を。


 胸の前へ。


 そっと掲げる。


 弓身に浮かぶ。


 蝶の翅脈のような紋様が。


 淡く輝く。


 ひらり。


 ひらり。


 光が。


 蝶のように。


 フィリアの周囲を舞った。


「ヒバリ」


 ピン――。


 幾重にも重なった光の弦が。


 小さく鳴る。


「……行くよ」


「端役がァァァァァ!」


 キールが。


 仕込み杖を振り下ろす。


 刃が。


 目前へ迫る。


「…………」


 フィリアの指が。


 光の弦へ触れた。


「――《彼方音(かなたね)》」


 ピィン――。


 たった。


 一音。


 澄んだ音が。


 響いた。


「…………?」


 キールの目が。


 僅かに見開かれる。


 矢は。


 飛んでこない。


 風も。


 吹かない。


「ハッ……!」


 キールの口元が。


 吊り上がった。


「何も起きな――」


 ――――ン。


「……?」


 空気が。


 鳴った。


「な……」


 右。


 左。


 上。


 下。


 前。


 後ろ。


 キールを取り囲む。


 空気そのものが。


 震えている。


「なんだ……これは……!」


 キールの足が。


 止まった。


「…………」


 フィリアが奏でた。


 たった一つの音。


 その響きが。


 空気を伝い。


 彼方へ。


 そして。


 キールのいる場所へ。


 届く。


「ふざけるな!」


 キールが。


 仕込み杖を振り回す。


 ゴォッ!


 全身を。


 風が覆った。


「届かせるものか!」


 風を。


 さらに。


 さらに。


 重ねていく。


「私の風を越えて!」


 キールが叫ぶ。


「私に届くものなど――!」


 ピシッ。


「……え?」


 風が。


 歪んだ。


「な……」


 ピシッ。


 また。


 一つ。


「なんだ……」


 キールの顔から。


 血の気が引いていく。


 どれだけ。


 風を重ねても。


 意味がない。


 その風すら。


 空気なのだから。


「ま、待て……」


 ――――ン。


「やめろ……!」


 震えが。


 大きくなる。


「やめろ!」


「…………」


 フィリアは。


 《遠音》を握る。


 そして。


 小さく笑った。


「届いた」


「――っ!?」


 ドォォォォンッ!


 空気が。


 一斉に震えた。


「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 キールを覆っていた風が。


 内側から。


 弾け飛ぶ。


 仕込み杖が。


 手から離れ。


 宙を舞った。


「ば……馬鹿な……!」


 キールの身体が。


 浮き上がる。


「わ、私が……!」


 ドンッ!


「がっ!」


 さらに。


 衝撃。


「この……私が……!」


 ドンッ!


「ぐぁっ!」


 身体が。


 大きく吹き飛ぶ。


「主役の……!」


 それでも。


 キールは叫ぶ。


「この私がぁぁぁぁぁ!」


 ドォンッ!


 最後の響きが。


 キールを打ち抜いた。


「がぁぁぁぁぁぁ――!」


 身体が。


 地面へ叩きつけられる。


 土煙が。


 大きく舞い上がった。


「…………」


 やがて。


 風が。


 土煙を運んでいく。


 そこには。


 仰向けに倒れた。


 キール・ヘペス。


「…………」


 もう。


 動かない。


「…………」


 静かになった。


 フィリアは。


 その場に立ち尽くしていた。


「……勝った?」


 ピン――。


 《遠音》が。


 小さく鳴った。


「…………」


 フィリアの口元に。


 笑みが浮かぶ。


「……そっか」


 勝った。


 そう理解した瞬間。


 身体から。


 全部の力が抜けた。


「あ……」


 ぐらり。


 視界が傾く。


 もう。


 立っている力なんて。


 残っていない。


 ドサッ。


 フィリアは。


 そのまま。


 仰向けに倒れた。


「…………」


 空が。


 見えた。


 広く。


 青い空。


 風が。


 蜂蜜色の髪を。


 優しく揺らしていく。


「…………」


 腹が痛い。


 喉も。


 腕も。


 脚も。


 身体中が。


 痛くて仕方ない。


 それでも。


 フィリアは。


 笑っていた。


(……勝った)


 これで。


 帰れる。


 みんなのところへ。


 そして。


 ヒールが。


 帰ってきたら。


(伝える)


 ちゃんと。


 あいつの顔を見て。


(帰ってきたら伝える!)


(おかえりって!)


「…………」


 風が。


 また吹いた。


 蜂蜜色の髪が。


 ふわりと揺れる。


 フィリアは。


 目を細めた。


(……でも)


 胸の奥にある。


 もう一つの言葉。


(本当に伝えたいのは――)


 唇が。


 僅かに動いた。


「……大好きだよ」


 小さな。


 本当に。


 小さな声。


 風が。


 その声をさらっていく。


 小さく。


 小さく。


 やがて。


 誰にも聞こえないほど。


 遠くへ。


 消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。