これが本当の私達
キールの頬から。
冷や汗が流れた。
「試す……?」
「うん」
フィリアは。
《遠音》へ指を添えたまま。
小さく笑う。
「私の声が、本当に届かないのか」
「…………」
「試してみようよ」
ピン――。
澄んだ音が鳴る。
キールがすぐさま仕込み杖を振った。
「無駄だ!」
ブワッ!
風が荒れ狂う。
右から。
左から。
上から。
下から。
いくつもの風がぶつかり。
声の通り道を滅茶苦茶に掻き乱していく。
「さあ!」
キールが両手を広げた。
「届けてみろ!」
「…………」
フィリアは目を閉じる。
風じゃない。
その中にある。
空気。
そして。
そっと。
唇を開いた。
「……ヒール」
掠れた。
とても小さな声。
「…………」
キールの眉が動く。
やがて。
「ハッ……」
口元が歪んだ。
「ハッハハハ!」
「…………」
「それだけか!」
キールが笑う。
「そんな声、この場から出ることすら――」
『――ヒール』
「……?」
キールの笑いが止まった。
「…………」
今。
どこから。
『ヒール』
「……!」
右。
キールが振り返る。
誰もいない。
『ヒール』
今度は左。
「な……」
『ヒール』
さらに。
遠く。
「なんだ……!」
キールが仕込み杖を振り回す。
風を。
さらに乱す。
「なぜ消えない!」
「…………」
フィリアは。
《遠音》を胸元へ寄せた。
「だって」
光の弦が。
微かに震える。
「風に乗せてるんじゃないもん」
「……何?」
「空気があるなら」
ピン――。
「どこにだって届く」
「…………!」
キールの顔が引きつった。
『ヒール』
「やめろ……」
『ヒール』
「やめろ!」
『ヒール』
「さっきから……!」
キールの額に。
青筋が浮かぶ。
「ヒール……ヒール……ヒール……!」
「…………」
「誰だ!」
仕込み杖を地面へ叩きつけた。
「ヒールって誰だぁぁぁぁぁ!」
ゴォッ!
風が爆ぜる。
「今!」
自分の胸を指す。
「お前の前にいるのは私だ!」
一歩。
「お前を追い詰めたのも!」
また一歩。
「お前をここまで傷つけたのも!」
さらに。
一歩。
「お前の物語を終わらせるのも!」
両手を広げる。
「この私だろうがぁぁぁ!」
「…………」
フィリアは。
そんなキールを見つめ。
「……知らないよ」
「なっ……!」
「私が声を届けたいのは」
そっと。
《遠音》を撫でる。
「おっさんじゃないから」
「貴様……!」
フィリアは。
手の中の弓を見る。
昔から。
ずっと使ってきた《遠音》。
名前は変わっていない。
けれど。
ヒバリが宿った今。
その姿も。
感じる温かさも。
何もかもが違って見えた。
「…………」
透き通った弓身。
蝶の翅脈のように走る光。
幾重にも重なって揺らめく弦。
「ヒバリ」
小さく呼ぶ。
ピン――。
返事をするように。
弦が鳴った。
「…………」
フィリアが笑う。
「私と」
《遠音》を握る。
「ヒバリと」
弓身が。
淡く輝いた。
「遠音」
「…………!」
フィリアが。
真っ直ぐキールを見据える。
「これが――」
淡い光が。
蝶のように。
ふわりと舞い上がった。
「本当の私達だ!」
ピィン――!
《遠音》が。
高く。
澄んだ音を響かせた。
その瞬間。
キールの周囲の空気が。
大きく震えた。




