ヒバリ②
ピン――。
返事をするように。
光の弦が。
ひとりでに小さく鳴った。
淡い光が。
ひらり。
ひらりと。
フィリアの周囲を舞う。
「…………」
キールは。
動かなかった。
いや。
動けなかった。
先ほどまで浮かべていた笑みは。
完全に消えている。
「こ……」
仕込み杖を握る手が。
僅かに震えた。
「ここで……霊器に至るだと……!」
「…………」
「わ、私ですら……!」
キールの顔が。
歪む。
「霊器に至るまで……何年も……!」
声が震えている。
怒り。
焦り。
そして。
認めたくない。
そんな感情が。
入り混じっていた。
「こんな……」
キールが。
覚醒した《遠音》を見る。
そして。
その中央に立つ。
フィリアを見る。
「こ、これではまるで……」
「…………?」
「あ、貴方が……」
キールの目が。
大きく見開かれる。
「主役……」
その言葉を口にした瞬間。
「……!」
キールの顔が。
怒りに染まった。
「違う……!」
仕込み杖を握り締める。
「違う違う違う!」
頭上。
巨大な風の刃が。
さらに膨れ上がる。
「この舞台の主役は私だ!」
「…………」
「貴女ではない!」
キールが。
仕込み杖を振り下ろした。
「貴女など!」
ゴォォォォォッ!
《カロ・デロ・シパリオ》が。
落ちてくる。
「ここで幕を下ろされる――!」
巨大な刃。
横一面を覆い。
舞台の幕が下りるように。
上から。
フィリアへ迫る。
「端役だぁぁぁ!」
「…………」
フィリアは。
逃げなかった。
《遠音》を見つめる。
「ヒバリ……」
小さく。
名前を呼ぶ。
光の弦が。
微かに揺れた。
ピン――。
「…………」
それだけで。
分かった。
大丈夫。
一人じゃない。
「……うん」
フィリアが。
小さく笑った。
そして。
《遠音》を下ろす。
「……?」
キールの目が。
僅かに動く。
「何をしている!」
フィリアは。
矢筒へ手を伸ばさない。
弓を構えない。
弦を引くことすらしない。
「諦めたか!」
「……違う」
「何?」
フィリアが。
迫る巨大な風の刃を見上げた。
風を操るなら。
風を見るな。
空気を見ろ。
「…………」
目を閉じる。
風を。
見ない。
その向こう。
頬に触れるもの。
髪を揺らすもの。
肺へ入ってくるもの。
音を運ぶもの。
声を。
誰かのところまで届けてくれるもの。
「……あった」
フィリアが呟く。
「何が……!」
「ずっと」
目を開く。
「ここにあったんだ」
「……?」
フィリアの指先が。
《遠音》の弦へ。
そっと触れる。
「矢なんて……」
光の弦が。
僅かに震える。
「いらなかったんだ」
ピン――。
小さな。
本当に小さな音。
だが。
「……っ!?」
キールの表情が変わった。
空気が。
震えた。
フィリアを中心に。
目には見えない波紋が。
一気に広がっていく。
木々の葉が。
揺れる。
地面の砂が。
震える。
そして。
迫っていた。
巨大な風の刃。
《カロ・デロ・シパリオ》まで。
波紋が届いた。
「な……」
ビキッ――。
「……なに!?」
巨大な刃の表面に。
歪みが走った。
「馬鹿な!」
キールが。
仕込み杖を握り締める。
「私の風に何をした!」
「……何も」
「何……?」
「風には」
フィリアが。
もう一度。
《遠音》へ触れる。
「何もしてない」
ピン――。
二度目。
空気が。
震える。
ビキッ!
刃が。
さらに歪んだ。
「……!」
「風じゃない」
フィリアが。
真っ直ぐキールを見る。
「その前」
「……その、前……?」
「空気」
フィリアが笑う。
「それを震わせてるだけ」
「…………!」
キールが。
初めて。
一歩後ずさった。
「そんな……」
ピン――。
三度目。
瞬間。
バァンッ!
「なぁっ!?」
《カロ・デロ・シパリオ》が。
崩れた。
巨大な一枚の幕が。
真ん中から引き裂かれたように。
左右へ。
風が弾け飛ぶ。
「わ、私の……」
キールの髪が。
吹き荒れる風に乱れる。
「私の終幕が……!」
「…………」
フィリアは。
その向こうにいるキールを見つめる。
まだ。
身体は痛い。
腹の傷も。
喉も。
限界なんて。
とっくに超えている。
それでも。
《遠音》を握る手だけは。
不思議と震えなかった。
「……キール・ヘペス」
「……!」
掠れた。
小さな声。
「おっさんが言ったんだよ」
「何を……」
「私の声は」
《遠音》へ。
指を添える。
「もう誰にも届かないって」
「…………」
フィリアが。
笑った。
「だったら――」
ピン。
小さな音とともに。
淡い光が。
蝶のように舞う。
「試してみようよ」
キールの頬から。
冷や汗が流れた。




