カロ・デロ・シパリオ
「……まだ……」
「…………」
キールはしばらくフィリアを見つめていた。
そして。
深く。
ため息を吐く。
「もういいでしょう」
「…………」
「貴女は十分に足掻いた」
仕込み杖をゆっくりと持ち上げる。
「矢は残り僅か」
一歩。
「喉を潰され、満足に声も出せない」
また一歩。
「そのうえ――」
キールの視線が。
フィリアの腹へ向いた。
「その古傷も、もう限界でしょう?」
「……っ」
ズキン。
まるで言葉に反応したように。
カイルから受けた傷が痛んだ。
「ハッハハ」
フィリアの表情を見て。
キールが笑う。
「やはり」
「…………」
「よく頑張りましたよ、お嬢さん」
両手を大袈裟に広げる。
「ですが――終幕です」
金歯が。
ぎらりと光った。
「貴女はここでボロ雑巾になって終わる」
仕込み杖の切っ先を向ける。
「端役には、ちょうどいい最後だ」
「…………っ」
フィリアは《遠音》を握り締めた。
悔しい。
負けたくない。
(勝たなきゃ……)
こんな奴に。
(こんな奴に……負けて……)
帰れなくなるなんて。
(帰って……)
ヒールを見つけて。
(あいつのこと……ボコ……)
そこまで考えて。
フィリアの思考が止まった。
「…………」
(……違う)
ボコボコにしたい。
勝手にいなくなったことも。
何も言わずに一人で行ったことも。
腹が立って仕方ない。
でも。
(違う……)
本当に。
ヒールにしたいことは。
「…………」
フィリアの目に。
薄く涙が滲んだ。
(ちゃんと言いたい……)
帰ってきたら。
目の前に立って。
ちゃんと。
(おかえりって……)
胸の奥が。
強く締めつけられる。
(おかえりって言いたい!)
「……?」
キールが眉を寄せた。
「何を笑っているのです?」
「…………」
フィリアの口元は。
僅かに笑っていた。
その瞬間。
不意に。
あの時の戦いが脳裏をよぎった。
◇
『風を操るなら――風を見るな』
『空気を見ろ』
◇
「…………!」
あの時は。
意味なんて分からなかった。
風を操るのに。
風を見るななんて。
でも。
今なら。
「……空気……」
フィリアが小さく呟く。
「何を?」
「……言うんだ」
「はい?」
「言うんだ……!」
フィリアが顔を上げる。
潰れた喉が痛む。
それでも。
声を絞り出す。
「ヒールに!」
「…………」
「おかえりって!」
一瞬。
キールが呆気に取られた。
そして。
「ハッハハハハ!」
盛大に笑った。
「何を言い出すかと思えば!」
「…………」
「もう貴女の声は誰にも届かない!」
キールが仕込み杖を高く掲げる。
ゴォォォォ……!
頭上へ。
膨大な風が集まり始めた。
横へ。
横へ。
大きく広がっていく。
「ここで死ぬ貴女の言葉など!」
風が圧縮され。
巨大な。
一枚の刃へ変わっていく。
「誰の耳にも届くものか!」
「…………」
フィリアは。
逃げなかった。
「死ね!」
キールが仕込み杖を振り下ろす。
「――《カロ・デロ・シパリオ》!」
ゴォォォォォッ!
巨大な風の刃が。
上空から降りてくる。
横一面を覆い。
逃げ場そのものを奪いながら。
まるで。
舞台の幕を。
最後まで下ろすように。
「…………」
フィリアは。
迫る風の刃を見上げた。
(風を……見るな)
風だけじゃない。
その周りにあるもの。
(空気を……)
頬に触れる。
肺へ入る。
音を運ぶ。
声を運ぶ。
どこにでもあるもの。
「……見ろ」
その瞬間。
ドクン。
「……!」
手の中で。
《遠音》が。
淡い光を放った。




