再演③
フィリアが。
震える指で矢筒へ手を伸ばした。
「…………」
一本。
矢を引き抜く。
その時。
指先が。
矢筒の底へ触れた。
「……っ」
フィリアの目が。
僅かに細くなる。
残り。
少ない。
ここまで。
何本撃った。
考えるまでもない。
もう。
ほとんど残っていない。
「おやおや」
「……!」
キールが。
その僅かな変化を見逃さなかった。
「どうされました?」
「……別に」
「そうですか」
ニヤリ。
特徴的な髭が持ち上がり。
金歯が覗く。
「では、もう一度どうぞ」
「…………っ」
フィリアが矢を番える。
弦を引き。
「《追風》!」
放つ。
風を纏った矢が。
キールへ一直線に飛ぶ。
「ふっ!」
キィン!
仕込み杖が閃き。
矢が弾かれた。
「まだ!」
すぐに。
次の矢を引き抜く。
放つ。
キンッ!
また。
弾かれる。
「くっ……!」
フィリアの手が。
再び矢筒へ伸びる。
一本。
引き抜く。
「…………」
あと。
僅か。
「ハッハハ!」
キールが笑った。
「なるほどなるほど」
「……何?」
「いえ」
仕込み杖を構え。
ゆっくりと歩き出す。
「いつまで続くのかと思っていただけですよ」
「…………」
「その矢が」
「……!」
フィリアの表情が。
僅かに強張る。
「おや?」
「…………」
「図星ですか」
「……だったら何」
「いいえ?」
キールが肩をすくめる。
「残りが何本だろうと、すべて叩き落とせばいいだけのこと」
「言ってろ……!」
フィリアが。
《遠音》を構える。
「なら――」
キールの身体が沈む。
「その前に終わらせて差し上げましょう!」
ブワッ!
「!」
消えた。
フィリアが。
咄嗟に地面を蹴る。
「《天翔け》!」
風が。
身体を持ち上げる。
その瞬間。
ズキン!
「っ……!」
腹。
カイルから受けた傷が。
また。
鋭く痛んだ。
ほんの一瞬。
フィリアの動きが止まる。
「そこです」
「……!」
目の前。
キールが。
懐へ潜り込んでいた。
「くっ!」
フィリアが《遠音》を振るう。
キィン!
仕込み杖とぶつかる。
「まだ!」
矢を一本。
直接握り。
キールの顔へ突き出す。
「おっと」
キールが首を傾ける。
矢尻が。
頬のすぐ横を通り過ぎた。
「……っ!」
フィリアが。
さらに踏み込もうとする。
「ですが――」
「?」
キールが。
身体を回した。
刃じゃない。
もう片方の手。
握られているのは。
仕込み杖の鞘。
その先端が。
真っ直ぐ。
フィリアの喉へ。
「しまっ――」
ゴッ!
「――っ!?」
喉へ。
鋭い衝撃。
「か……っ!」
息が。
止まった。
フィリアが。
数歩よろめく。
「っ……げほっ! げほっ……!」
喉を押さえる。
痛い。
息を吸うだけで。
焼けるように痛む。
「フフッ……」
キールが。
仕込み杖を鞘へ戻す。
カチン。
「貴女の戦い方は、実に興味深い」
「げほっ……な……に……」
「矢」
仕込み杖が。
フィリアの矢筒を指す。
「風」
次に。
周囲を渦巻く風へ。
「そして――」
最後に。
キールの視線が。
フィリアの喉へ向いた。
「声」
「…………!」
「どれも」
キールが笑う。
「貴女にとって、大切な武器なのでしょう?」
「……っ」
フィリアが。
キールを睨む。
喉は痛い。
まともに声も出せない。
でも。
まだ。
声さえ風に乗せられれば。
『みん……な……』
掠れた声を。
風へ乗せる。
《風話》。
だが。
「させませんよ」
キールが。
仕込み杖を振った。
ブワッ!
「……!」
風が。
一気に乱れた。
右。
左。
上。
下。
いくつもの風が。
フィリアの周囲でぶつかり合う。
『聞こえ……る……?』
声が。
途中で散った。
「……!」
届かない。
フィリアが。
もう一度。
息を吸う。
「っ……!」
喉が痛む。
それでも。
『アルト……くん……』
風へ。
声を乗せる。
しかし。
ブワッ!
また。
掻き消された。
「…………っ!」
「ハッハハ!」
キールの笑い声だけが。
辺りへ響き渡る。
「無駄ですよ!」
「…………」
「どれだけ声を乗せようとも、風が定まらなければ届かない!」
フィリアが。
矢筒へ手を伸ばす。
「…………」
残り僅かな矢。
喉は潰され。
《風話》も届かない。
腹の傷は。
脈打つように痛み続けている。
「いやはや」
キールが。
ゆっくりと歩いてくる。
「随分と静かになりましたねぇ」
「…………っ」
「先ほどまで、あれほど賑やかだったというのに」
一歩。
「矢も尽きかけ」
また一歩。
「その声も、満足に出せず」
さらに。
一歩。
「そして」
仕込み杖の切っ先が。
フィリアへ向けられる。
「頼みの風すら――」
ニタリ。
金歯が覗く。
「貴女の言葉を運んではくれない」
「…………」
フィリアは。
《遠音》を強く握り締めた。
「これで――」
キールが。
満足そうに笑う。
「もう、あなたの小賢しい声は届きません」
「…………っ」
フィリアの唇が。
僅かに動いた。
「……ま……」
「はい?」
キールが。
耳へ手を添える。
「聞こえませんねぇ」
「……まだ……」
掠れた。
小さな声。
それでも。
フィリアは。
顔を上げる。
傷だらけの身体で。
真っ直ぐ。
キールを睨み返した。




