再演
◇
風が。
フィリアの頬を撫でた。
「…………」
《遠音》を構えたまま。
目の前の男を睨む。
特徴的な髭。
首元に残る、古い火傷の痕。
そして。
笑うたびに覗く金歯。
キール・ヘペス。
「いやはや……」
キールは肩をすくめた。
「困りましたねぇ」
「何が?」
「貴女ですよ、お嬢さん」
口元は笑っている。
だが。
さっきまでとは違う。
「少々……調子に乗りすぎました」
キールが手にしていた杖を。
地面へ軽く突く。
カツン。
「…………?」
フィリアが眉を寄せる。
次の瞬間。
キールが杖の柄へ手をかけた。
シャキン――。
「……!」
杖の中から。
細身の刃が姿を現す。
「仕込み杖……」
「ええ」
キールは細い剣身を。
顔の前へ立てた。
「若い女性に刃物を向けるのは、私の美学に反するのですが」
ニヤリ。
金歯が覗く。
「貴女は少々、生意気が過ぎる」
「…………」
フィリアが《遠音》を引き絞る。
「おっさんに美学なんてあったんだ」
「…………」
キールの眉が。
ぴくりと動いた。
「本当に……」
笑みが深くなる。
「可愛げのないお嬢さんだ」
ブワッ!
「!」
風。
キールの姿が消える。
速い。
「《天翔け》!」
フィリアも。
地面を蹴った。
ヒュン!
直後。
さっきまで首があった場所を。
仕込み杖の刃が通り抜ける。
「おや」
「危なっ……!」
空中で身体を整える
《遠音》を構え。
矢を放った。
「《追風》!」
風が。
矢の背を押す。
一気に加速。
一直線にキールへ。
「甘い」
キィン!
「!」
仕込み杖が。
矢を弾いた。
「まだ!」
二射。
三射。
続けざまに放つ。
一射目を避け。
二射目を弾き。
三射目へ。
キールが仕込み杖を向けた。
その瞬間。
『おっさん、後ろ』
「!」
背後から。
フィリアの声。
キールが咄嗟に振り返る。
だが。
誰もいない。
「――なーんてね」
「……!」
正面。
フィリアが。
すでに《遠音》を引き絞っていた。
「《追風》!」
ドンッ!
「ぐっ!」
矢が。
キールの肩を掠める。
鮮血が飛んだ。
「よし!」
フィリアが着地する。
「…………」
キールは。
傷ついた肩を見る。
指先で。
流れた血に触れる。
「なるほど……」
「?」
顔を上げる。
その口元が。
ゆっくりと吊り上がった。
「これが……貴方の固有術ですか?」
「…………」
「声を風に乗せ……別の場所から聞かせる」
キールが仕込み杖を軽く振る。
刃についた血が。
地面へ飛んだ。
「実に小賢しい」
「褒め言葉として受け取っとく」
「フフッ……」
キールが笑う。
「ですが――」
仕込み杖を。
横へ振った。
ブワッ!
「……!」
フィリアの髪が。
激しく揺れる。
「なに……?」
風向きが変わった。
いや。
違う。
一つじゃない。
右から。
左から。
上から。
下から。
無数の風が。
入り乱れ始めている。
「…………」
フィリアが《遠音》を握り直す。
試しに。
風へ声を乗せた。
『おっ――』
だが。
声は。
途中で掻き消された。
「……!」
「おや?」
キールが金歯を見せる。
「何か仰いましたか?」
「…………」
フィリアの表情が険しくなる。
風が。
定まらない。
声を乗せても。
キールへ届く前に。
別の風に呑まれてしまう。
「仕組みさえ分かってしまえば」
キールが。
ゆっくりと歩き出す。
「対処するのは、そう難しいことではありません」
「……この!」
フィリアが矢を放つ。
キィン!
弾かれる。
「《天翔け》!」
地面を蹴る。
一気に上空へ。
そこから。
《遠音》を構えようとした。
「遅い」
「……っ!」
声が。
目の前から聞こえた。
キール。
もういる。
仕込み杖が閃く。
「くっ!」
フィリアが身体を捻った。
ザシュッ!
「……!」
脇腹に。
熱が走る。
遅れて。
血が滲んだ。
「まだ……!」
痛みを堪え。
空中で《遠音》を向ける。
だが。
「……いない!」
「こちらですよ」
「!?」
背後。
ドンッ!
「がっ……!」
フィリアの身体が。
地面へ叩き落とされた。
「ぐっ……!」
何度も転がる。
土に塗れ。
身体中に痛みが走る。
それでも。
《遠音》だけは。
手放さなかった。
「ハッハハ!」
キールが。
ゆっくりと地面へ降り立つ。
「どうしました、お嬢さん?」
「…………っ」
「先ほどまでの威勢は」
仕込み杖の切っ先を。
フィリアへ向ける。
「どこへ行ったのです?」
「……うるさい」
フィリアが。
震える脚で立ち上がる。
痛い。
脇腹から。
血が流れている。
呼吸も。
少し苦しい。
それでも。
《遠音》へ矢を番えた。
「まだ……」
弦を引く。
「終わってない」
「…………」
キールの口元が。
愉快そうに歪む。
「ええ」
仕込み杖を構え直した。
「そうでなくては」
周囲の風が。
さらに激しく渦巻いていく。
「幕引きには――」
金歯が。
ギラリと光った。
「まだ少々、早いですからねぇ」




