私の舞台では、主役になれない
◇
「――幕を上げるといたしましょう」
キールが杖を掲げる。
同時に。
フィリアが指を離した。
ヒュン!
矢が一直線に飛ぶ。
狙いは胸。
「ふむ」
キールは避けない。
フィリアの矢が届く。
その直前。
フッ――。
「……やっぱり!」
矢が横へ弾かれた。
キールの頬を掠めることすらなく。
背後の木へ突き刺さる。
「何度繰り返しても同じこと」
キールが大袈裟に両手を広げる。
「あなたの矢は、私には届きませんよ」
「だったら――」
フィリアが二本の矢を同時に番える。
「届くまで撃つ!」
二射。
続けて三射。
角度を変え。
次々と放つ。
「おお、怖い怖い」
キールが杖を振るった。
フィリアの矢が。
一斉に軌道を変える。
「……っ」
一本も届かない。
「では」
キールが杖の先を向けた。
「こちらの番です」
ヒュッ!
「!」
フィリアが《天翔け》で横へ飛ぶ。
見えない何かが。
さっきまでいた場所を通過した。
背後の枝が。
バキン!
へし折れる。
「危なっ!」
「おや。お見事」
「白々しい!」
フィリアが上昇する。
だが。
「そこです」
「っ!」
今度は正面。
身体を捻る。
頬の横を風が抜ける。
さらに。
右。
左。
下。
「くっ……!」
フィリアは《天翔け》を駆使して飛び回る。
見えない。
速い。
それでも。
「…………」
避けられる。
フィリアはキールを睨む。
そして。
僅かに笑った。
「なに?」
「いや」
《遠音》へ矢を番える。
「思ったより大したことないなって」
「…………」
キールの眉が動く。
「その程度なら――」
フィリアが飛び出した。
「当たらない!」
急降下。
直後に急上昇。
木々の間を縫うように飛び。
キールとの距離を一気に縮める。
「ほう!」
キールが杖を振るう。
ヒュッ!
フィリアは止まらない。
首を傾けるだけでかわす。
二発目。
身体を捻る。
三発目。
「っ!」
翼のように広がる風を強く噴き出し。
軌道を直角に変えた。
「……!」
キールの目が僅かに見開かれる。
「もらった!」
至近距離。
矢を放つ。
だが。
フッ――!
「また!」
目の前でも。
矢が弾かれた。
その瞬間。
「残念でした」
キールの杖が。
フィリアへ向く。
「っ!」
風が炸裂した。
ドンッ!
「きゃっ!」
フィリアの身体が吹き飛ぶ。
それでも空中で体勢を立て直し。
《天翔け》で浮かび直す。
「痛ったぁ……!」
脇腹を押さえる。
キールは枝の上から動いていない。
「さて」
杖をくるりと回す。
「そろそろご理解いただけましたか?」
「…………」
「あなたの矢が私へ届くことはない」
ニィッ。
金歯が覗く。
「これが私の固有術――」
杖の先へ。
風が集まる。
「《弾風》」
「……弾風」
「ええ」
キールは芝居がかった仕草で一礼する。
「私へ迫るものを、風によって弾く」
「…………」
フィリアが目を細める。
だから。
何度撃っても矢が逸れた。
「実に相性が悪い」
キールが笑う。
「あなたにとっては、ですが」
「…………」
「空を舞い、遠方より矢を射る。いやはや、美しい戦い方です」
杖をフィリアへ向ける。
「ですが――」
笑みが深くなる。
「私の舞台では、主役にはなれない」
「……ムカつく」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてない!」
フィリアが矢を番える。
だが。
今度は。
すぐには撃たなかった。
「…………」
考える。
矢は弾かれる。
近づいても同じ。
だったら。
「……ん?」
フィリアの視線が。
キールではなく。
その足元へ向いた。
太い枝。
さらに。
周囲に生える木々。
「…………」
そして。
小さく笑う。
「そっか」
「おや?」
「別に――」
《遠音》の向きを変えた。
「おっさんを狙わなくてもいいんだ」
放つ。
ヒュン!
矢が。
キールではなく。
その足元の枝へ突き刺さった。
「……ほう?」
フィリアは。
すぐさま次の矢を番えた。




