えいっ!
ドグラスの頬が。
僅かに引きつった。
「……なんだよ、それ」
ルールーは答えない。
両手で握った巨大な大斧。
《水標》。
自分の身の丈を遥かに超えるそれを。
ゆっくりと持ち上げる。
「いきます」
「あぁ?」
ドグラスの眉間に皺が寄った。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
地面を蹴る。
巨大なメイスを振りかぶり。
真正面から。
「潰れろ!」
振り下ろした。
ルールーも。
逃げなかった。
「……っ!」
《水標》を振るう。
大斧とメイス。
二つの巨大な武器が。
真正面から激突した。
ドォン!
空気が震えた。
足元の土が弾け。
周囲の炎が大きく揺れる。
「ぐっ……!」
ドグラスの腕に衝撃が走る。
「な……!」
押せない。
それどころか。
「う……うぅ……!」
ルールーが一歩。
前へ出る。
「なに……!?」
ドグラスの足が。
ずるりと後ろへ滑った。
「なんで……!」
「……っ!」
もう一歩。
「こんなチビが!」
「チビは……!」
ルールーが《水標》を押し込む。
「関係ありません!」
「ぐぉっ!?」
ドグラスの身体が弾き飛ばされた。
数歩後退し。
なんとか踏みとどまる。
「…………」
メイスを握る両手が痺れている。
ドグラスは信じられないように。
自分の手を見る。
「……ふざけんな」
ルールーは《水標》を構え直した。
「…………」
怖い。
今だって怖い。
戦いの経験なら。
間違いなく向こうの方が上。
でも。
分かった。
真正面からぶつかって。
はっきりと。
分かった。
力なら。
負けていない。
いや。
「…………」
ルールーがドグラスを見る。
――私の方が強い。
「舐めんなぁ!」
ドグラスが再び突っ込む。
横薙ぎ。
ルールーも《水標》を振るう。
ガァン!
「ぐっ!」
今度は明確に。
ドグラスのメイスが弾かれた。
「……!」
身体が開く。
ルールーが踏み込む。
「えいっ!」
「ぐぁっ!」
大斧の柄が腹へ入り。
ドグラスがよろめく。
「クソ……!」
距離を取る。
もう。
笑っていなかった。
「…………」
勝てない。
ドグラスにも分かった。
技術じゃない。
経験でもない。
単純な。
力。
目の前の小さな少女と。
まともに打ち合えば。
自分が押し負ける。
「……チッ」
ドグラスが周囲を見る。
「…………」
そして。
口元を歪めた。
「だったらよぉ!」
メイスを地面へ叩きつける。
「……!」
「《焼印》!」
ドゴォン!
爆発。
「きゃっ!」
土。
炎。
煙。
大量の土煙がルールーの視界を覆った。
「……見えない!」
「ハハッ!」
ドグラスの笑い声。
「バカが!」
勝てないなら。
戦う必要はない。
「こんなところで捕まってたまるかよ!」
背を向け。
一気に森の奥へ走り出す。
「…………」
ルールーは。
追わなかった。
「逃げた……」
静かに呟く。
そして。
目を閉じた。
「でも――」
足元には。
まだ水が残っている。
戦いが始まる前から。
この一帯へ広げていた水。
「《澪標》」
水を通して。
感じ取る。
一歩。
二歩。
三歩。
遠ざかっていく足音。
木を避け。
右へ曲がる。
「…………」
ルールーが身体の向きを変える。
土煙の向こう。
姿は見えない。
でも。
「そこですね」
「――っ!?」
遠くで。
ドグラスが振り返った。
「なんで……!」
ルールーが。
《水標》を大きく振りかぶっていた。
「待――」
「えいっ!」
振り抜く。
ただし。
刃ではない。
巨大な大斧の。
平たい腹。
それが。
土煙の中から飛び出したドグラスを。
横から捉えた。
ゴォン!
「ぶっ――!?」
ドグラスの巨体が宙を舞う。
そのまま。
ドサッ!
地面へ落ちた。
「…………」
動かない。
メイスが。
手から転がり落ちる。
「…………」
ルールーは《水標》を構えたまま。
しばらく待った。
「…………」
起きない。
「……気絶、してますよね?」
恐る恐る近づく。
「…………」
返事はない。
「…………勝った?」
ぽつり。
ルールーは自分の手を見る。
そして。
倒れているドグラスを見る。
「…………」
少し遅れて。
身体から一気に力が抜けた。
「はぁぁぁぁ……」
その場へ座り込む。
「こ、怖かったぁ……」
大斧を握っていた手が。
今になって震え始める。
「もう……本当に……」
目元に少し涙を浮かべながら。
それでも。
ルールーは燃えている森を見た。
「……まだ終わってない」
ゆっくりと立ち上がる。
ドグラスには勝った。
でも。
自分がここへ来た理由は。
最初から。
この男を倒すことではない。
「火……消さないと」
ルールーは《水標》を握り直し。
燃え続ける森へ向き直った。




