熱気の中から
◇
ゼンの姿が霧の向こうへ消える。
「ゼン!」
アルトは思わず一歩踏み出した。
「アルト君!」
「……!」
シオンの声に足を止める。
「追ってはいけません」
「でも、一人で……」
「フルケには何か考えがあるのでしょう」
シオンはゼンが消えた方向を見つめる。
白い霧しか見えない。
「それに、今私達まで動けば、本当に全員が離れ離れになります」
「…………」
「今はここを動きません」
「……分かりました」
アルトは《砕》を握り直した。
残ったのは。
シオン。
ルールー。
アルト。
三人。
「ルールー」
「は、はい!」
「私から離れないでください」
「分かりました!」
シオンは《穿雫》を構えたまま、周囲を警戒する。
霧はまだ濃い。
だが。
先ほどまで飛んできていたクナイは。
ぴたりと止んでいた。
「……来なくなった」
アルトが呟く。
「フルケを追ったのでしょう」
「じゃあ、ゼンがあいつを引きつけてる?」
「おそらく」
その時。
遠くから。
ガンッ!
何かを殴りつけるような音が響いた。
続いて。
「ぐぁっ!?」
男の声。
「…………」
アルトが目を瞬く。
「……大丈夫そうですね」
「そうですね」
シオンが短く答えた。
「えっと……助けに行かなくても?」
「今は必要なさそうです」
「はい」
アルトは素直に頷いた。
「……ゼン君、強いんですよね」
ルールーが小さく呟く。
もう一度。
遠くで何かが砕ける音がした。
「…………」
「……強そうですね」
アルトも頷いた。
「二人とも、今は自分達の心配をしてください」
「はい!」
「す、すみません!」
シオンが小さく息を吐く。
そして。
「……?」
《穿雫》の穂先を僅かに動かした。
「シオンさん?」
「霧が」
「え?」
アルトが周囲を見る。
さっきまで数歩先すら見えなかった白い霧。
それが。
少しずつ薄くなっている。
木の幹。
地面。
そして。
少し離れた場所に立つルールーの姿。
「本当だ」
「術者がフルケとの戦闘に集中しているのでしょうか」
シオンは警戒を解かない。
「今のうちに、少しだけ移動します」
「ゼンを待たなくていいんですか?」
「大きくは離れません」
シオンが答える。
「霧の中で同じ場所に留まり続けるのも危険です。開けた場所を探しましょう」
「分かりました」
三人は固まりながら。
ゆっくりと進み始めた。
霧の向こうから。
時折。
戦闘音が聞こえる。
ガンッ!
ドッ!
バキッ!
「…………」
アルトが音のする方を見る。
「ゼン、すごいな……」
「前を見てください」
「はい」
しばらく進む。
やがて。
木々の間隔が少しずつ広くなってきた。
「もう少し先なら――」
シオンが言いかけた。
その時。
「……!」
ルールーが突然、足を止めた。
「どうしました?」
「…………」
ルールーが森の奥を見る。
「ルールー?」
「何か……います」
シオンの表情が変わる。
「人ですか?」
「分かりません……」
「《澪標》で?」
「い、いえ」
ルールーが首を振った。
「まだ使ってません」
「じゃあ、なんで?」
アルトが尋ねる。
「……熱いんです」
「熱い?」
「向こうから……」
ルールーが指を差した。
霧の向こう。
「すごく、熱い空気が……」
アルトもそちらへ顔を向ける。
「…………」
最初は分からなかった。
だが。
「……あ」
確かに。
少しずつ。
空気が変わっている。
湿った森の匂いに混じって。
別の匂いがする。
「これ……」
アルトが鼻を動かす。
「焦げ臭い?」
パチッ。
小さな音。
そして。
霧の向こうで。
ぼうっ――。
赤い光が灯った。
「火……?」
ルールーが目を見開く。
次の瞬間。
ゴォッ!
「うわっ!」
炎が一気に立ち上がった。
木から木へ。
草から草へ。
まるで道を作るように。
炎が森を横切っていく。
「下がってください!」
シオンが《穿雫》を構える。
炎の向こう。
ゆらゆらと揺れる熱気の中に。
一つ。
大きな人影が現れた。
肩に担いでいるのは。
巨大なメイス。
「……また人?」
アルトが《砕》を構える。
男は炎越しに三人を見て。
ゆっくりと。
メイスを肩から下ろした。




