霧の中の脅威
「自然に発生した霧ではなさそうですね」
「術ですか?」
「おそらく」
シオンが《穿雫》を構える。
その時。
ヒュッ――!
「!」
何かが霧を切った。
キィン!
シオンが《穿雫》で弾く。
地面へ落ちたものを、アルトが見る。
「クナイ……?」
「伏せてください!」
ヒュッ!
ヒュッ!
今度は二つ。
「うわっ!」
アルトが身を屈める。
一本が頭上を抜け。
もう一本が背後の木へ突き刺さった。
「どこから!?」
「動かないでください!」
「でも、このままだと……!」
ヒュッ!
「っ!」
アルトが《砕》を振るう。
ガキン!
飛んできたクナイを弾き飛ばす。
「危なっ……!」
直後。
霧の奥から。
「ククッ……」
男の笑い声が聞こえた。
「……!」
アルトが振り返る。
「誰だ!」
「…………」
返事はない。
代わりに。
「こっちだよ」
右。
「!」
アルトが右を見る。
「違ぇよ」
今度は左。
「……?」
振り返る。
だが。
誰もいない。
「なんだこれ……」
「アルト君。声を追わないでください」
シオンが静かに告げる。
「相手はこの霧の中を自由に移動しているようです」
「分かりました」
「ハッ」
男が笑う。
「分かったところで、どうすんだ?」
ヒュッ!
またクナイ。
シオンが弾く。
「姿も見えねぇ」
別方向。
ヒュッ!
「どこにいるかも分からねぇ」
さらに別方向。
「なのに、俺からは丸見えだ」
「…………」
アルトは《砕》を握り締める。
見えない。
声を頼りにしようにも。
聞こえる場所が、そのたびに変わる。
「面倒だな……」
その時。
「チッ」
ゼンが舌打ちした。
「……?」
アルトが声の方を見る。
「ゼン?」
「さっきからうるせぇんだよ」
「おいおい」
霧の中から男の声がする。
「怖くて苛ついてんのか?」
「あ?」
ゼンの声が低くなる。
「誰が怖がってるって?」
「見えもしねぇくせによ」
「…………」
ゼンは答えなかった。
しゃがみ込み。
片手を地面へつく。
「フルケ?」
シオンが呼ぶ。
「少し黙ってろ」
「何を……」
アルトもゼンを見る。
いや。
濃い霧のせいで、その姿はほとんど見えない。
ただ。
地面に触れていることだけは分かった。
「…………」
ゼンが目を閉じる。
土。
小石。
木の根。
そこを伝う。
僅かな振動。
「へぇ」
男の声がする。
「諦めたか?」
「…………」
「目ぇ閉じたら、余計見えねぇだろ」
「そうだな」
ゼンが答える。
「見えねぇよ」
「ハハッ!」
「でも――」
ゼンの口元が僅かに上がった。
「別に困らねぇ」
「……あ?」
ヒュッ!
クナイが飛ぶ。
ゼンは目を閉じたまま。
僅かに首を傾けた。
クナイが。
頬のすぐ横を通り抜ける。
「……!」
霧の奥から聞こえていた笑い声が。
初めて止まった。
「そこか」
ゼンがゆっくりと立ち上がる。
そして。
右腕の袖へ手をかけた。
ぐっと捲り上げる。
その下から現れたのは。
ゼンの右腕を覆うように、最初から装着されていた魔器。
使い込まれた拳甲――《クラッシャー》。
《クラッシャー》を握り締め。
霧の一点へ顔を向けた。
「シオン隊長」
「はい」
「こいつは俺がやる」
「単独行動は許可できません」
「だったら全員で来るか?」
「…………」
「こいつ、俺達をバラけさせる気だろ」
霧の中。
男の気配が僅かに動いた。
「だったら」
ゼンが一歩前へ出る。
「一人だけ釣られてやる」
「フルケ」
「心配すんな」
右腕を下げたまま。
ゼンが腰を落とす。
「こんな霧――」
足が地面を踏み込む。
「俺には関係ねぇ」
次の瞬間。
ゼンが地面を蹴った。
「ゼン!」
アルトが叫ぶ。
だが。
その姿はすぐに。
白い霧の向こうへ消えていった。




