霧の中に
上空。
フィリアは《遠音》を構えた。
「……逃げる気?」
枝の上にいた男が、ひらりと別の木へ移る。
さらにもう一本。
森の奥へ。
「…………」
ただ逃げているわけじゃない。
ヒュッ!
「っ!」
また風の一撃。
フィリアは身体を傾けてかわした。
男は距離を取りながらも。
攻撃だけは、ずっとフィリアへ向けている。
「……なるほどね」
フィリアの目が細くなる。
「私を引き離したいんだ」
口元へ風を集める。
「《風話》」
「シオン隊長。相手、森の奥へ移動中」
男を視界から外さないまま続ける。
「多分、私を誘ってる」
少しだけ間を置く。
「無理には追わない。でも、見失わないようにする」
声が風に乗り。
地上へ流れていった。
◇
『多分、私を誘ってる』
フィリアの声が届く。
「誘ってる?」
アルトが空を見上げた。
「リーベ君をこちらから離したいのでしょう」
シオンの表情が僅かに険しくなる。
「全員、この場から大きく離れないでください」
「は、はい!」
ルールーが頷く。
「了解」
ゼンも周囲を警戒する。
アルトは木々の隙間へ目を凝らした。
けれど。
もうフィリアの姿はほとんど見えない。
「……フィリア」
◇
「だったら……」
フィリアは弓を引き絞った。
「止まってもらう!」
放つ。
矢が風を裂き。
一直線に男へ迫る。
男は振り返った。
だが。
避けない。
「……?」
矢が届く。
その直前。
フッ――。
「え?」
軌道が逸れた。
男の身体を避けるように。
矢が横の木へ突き刺さる。
「今の……」
フィリアはすぐに二射目を放った。
今度は正面ではない。
男の進行方向を読むように。
斜めから射抜く。
だが。
また。
フッ――。
矢が弾かれた。
「……風で逸らしてる?」
男の周囲。
目には見えない。
けれど。
何かがある。
「面倒なの持ってるじゃん……」
男がまた木を蹴った。
「待ちなさい!」
フィリアが《天翔け》で追う。
ヒュッ!
風の一撃。
「っ!」
かわす。
さらにもう一発。
フィリアは高度を上げた。
攻撃を避けるたび。
男を追うたび。
少しずつ。
地上の仲間達から離れていく。
フィリアもそれには気づいていた。
「…………」
一度。
下を見る。
もう。
シオン達の姿は見えない。
「……やられた」
完全に誘われている。
それでも。
ここで相手を見失えば。
次に誰を狙うか分からない。
フィリアは再び《風話》を使った。
「シオン隊長」
風へ声を乗せる。
「ちょっと離れた」
そして。
男を睨む。
「でも、相手はまだ私を狙ってる」
一呼吸。
「こっちは任せて」
男が振り返る。
杖を持ったまま。
初めて、はっきりと笑った。
「…………」
「その顔」
フィリアが《遠音》を構える。
「ほんっとムカつく」
風が身体を包む。
「絶対、一発ぶち込むから」
《天翔け》が加速した。
フィリアは。
杖を持った男を追い。
森のさらに奥へと飛んでいった。
◇
『こっちは任せて』
それを最後に。
フィリアの声が途切れた。
「…………」
アルトは空を見上げる。
「もう聞こえない……」
「距離が開きましたね」
シオンが静かに答えた。
「でも、大丈夫なんですよね?」
「今はリーベ君を信じましょう」
「……はい」
アルトは頷き。
《砕》を握り直した。
その時。
「……ん?」
足元。
白いものが。
ゆっくりと。
木々の間から流れ込んできた。
「これ……霧?」
アルトが首を傾げる。
最初は。
地面を薄く這う程度だった。
だが。
白い霧は次から次へと木々の間から溢れ出し。
瞬く間に濃さを増していく。
「アルト君」
シオンの声が変わった。
「私の近くへ」
「……はい」
アルトがすぐにシオンへ寄る。
ルールーも周囲を見回した。
「こ、この霧……」
ゼンが地面へ視線を落とす。
「…………」
霧は。
さらに濃くなる。
数歩先の木さえ。
白の向こうへ消えていく。
「全員」
シオンが《穿雫》を呼び出した
「離れないでください」
次の瞬間。
四人の姿が。
白い霧の中へ飲み込まれた。




