風の弾ける音
◇
その頃。
ヒルトが獣の森のさらに奥へ進んでいた頃。
アルト達もまた、森の中を進んでいた。
「……やっぱり静かだな」
アルトが周囲を見回す。
以前ここへ来た時は、もっと騒がしかった。
魔獣の鳴き声。
枝を飛び回る鳥。
草むらを走る気配。
どこかしらに、生き物の存在を感じていた。
だが今は。
木々が揺れる音ばかりが耳に入る。
「アルト君」
先頭を歩いていたシオンが振り返る。
「何か気になりますか?」
「前に来た時と、全然違うなって」
「具体的には?」
「もっと魔獣がいました」
アルトは辺りを見ながら答える。
「こんなに静かじゃなかったです」
「なるほど」
シオンが小さく頷く。
隣を歩くルールーも、不安そうに森の奥へ目を向けた。
「さ、さっき《澪標》で探った時も……近くの魔獣は、ほとんど同じ方向へ移動していました」
「森の外へ?」
「た、多分……」
「なんでだろ」
アルトが眉を寄せる。
「それを調べるのも今回の任務です」
シオンは前へ向き直る。
「警戒を続けましょう」
「はい」
「了解」
ゼンも短く返した。
アルトは《砕》を握り直す。
そして。
ふと上を見た。
木々の隙間。
そのさらに上。
風に乗って進む小さな影がある。
「あ、フィリア」
《天翔け》で上空を進むフィリアだった。
「結構高いな……」
「リーベ君には上空から周囲を確認してもらっています」
シオンが答える。
「この森では、地上から遠くまで見通せませんから」
「なるほど」
アルトは少しだけ見上げたまま歩く。
「気持ちよさそうだなぁ……」
「アルト君」
「ちゃんと前も見てます!」
慌てて視線を戻した。
◇
上空。
フィリアは森全体を見渡していた。
「…………」
右。
左。
前方。
「ほんっと木ばっか……」
地上にいるよりは、遥かに遠くまで見える。
それでも獣の森は深い。
枝葉が重なり合い、その下まではほとんど見通せなかった。
フィリアは一度、真下へ視線を落とす。
シオン。
ルールー。
ゼン。
アルト。
「ちゃんといるね」
まだ距離は離れていない。
再び前を見る。
「バカヒール……」
小さく呟く。
「どこまで行ってんのよ」
その時。
「……ん?」
遠く。
木々の間で。
何かが動いた。
「…………」
フィリアが目を細める。
一瞬。
人影のようなものが見えた。
「……いた」
《遠音》へ手を伸ばす。
直後。
ヒュッ――!
「っ!?」
反射的に身体を捻った。
何かが。
頬のすぐ横を通り抜ける。
「なに……?」
遅れて。
頬へ細い傷が走った。
血が一筋。
「……風?」
考える暇もない。
ヒュッ!
「っ!」
《天翔け》で横へ滑る。
さらに。
ヒュッ!
「しつこい!」
三発目をかわす。
攻撃が飛んできた方向へ視線を走らせる。
そして。
「……見つけた」
かなり先。
太い枝の上。
一人の男が立っていた。
細身。
長い上着。
片手には杖。
男はフィリアと目が合うと。
僅かに口元を歪めた。
「…………」
フィリアはすぐには追わなかった。
まず。
地上へ視線を落とす。
「《風話》」
口元へ風が集まる。
「シオン隊長。前方の木の上に人影一人」
声が風へ乗る。
「私を狙って攻撃してきてる。多分、風属性」
◇
地上。
「……!」
シオンが足を止めた。
周囲を流れていた風から。
フィリアの声が届く。
『私を狙って攻撃してきてる。多分、風属性』
「フィリア?」
アルトが上を見る。
「敵がいたんですか?」
「そのようですね」
シオンも空を見上げる。
だが。
木々が邪魔で。
ここからでは、フィリアの姿すらほとんど見えない。
『攻撃は速い。でも、まだ対応できる』
「……大丈夫かな」
アルトが呟く。
「リーベ君なら無理はしません」
シオンは静かに答えた。
「こちらは大きく動かず、警戒を続けます」
「はい」
アルトはもう一度。
木々の隙間から空を見上げた。
遠く。
風が弾ける音が。
もう一度だけ響いた。




