白い霜を追って
森の至るところで。
術式が輝いた。
「――《拘束》」
「なっ!?」
淡い光が一斉に走る。
木に刺さったナイフ。
地面に落ちた弾丸。
岩陰へ転がった手榴弾型魔器。
それぞれを起点に、幾重もの術式がラグナへ絡みついた。
「ぐっ……!」
右腕。
左脚。
胴。
鉄杭を握る手首。
次々と動きを奪われていく。
「ふざけんな!」
ラグナが力任せに振りほどこうとする。
だが。
「――《強化》」
ヒルトが静かに告げた。
拘束がさらに締まる。
「ぐぉっ……!」
ラグナの身体が地面へ引き倒された。
ジャラァン!
鉄杭が手から落ちる。
「くそ……!」
「無理に動かない方がいいよ」
ヒルトは荒い息を吐きながら、《ツインコード》を向けたまま近づいていく。
「もっと締まるから」
「てめぇ……!」
「これで終わり」
「…………」
ラグナは地面に押さえつけられたまま、ヒルトを睨み上げる。
ヒルトも数秒。
黙って見下ろした。
「……もう一回聞くよ」
「あ?」
「氷を使う男」
ヒルトの声から、さっきまでの軽さが消える。
「どこにいるの?」
「知らねぇ」
「…………」
「知らねぇっつってんだろ」
「でも、さっき反応した」
「気のせいだ」
「…………」
ヒルトは少しだけ目を伏せた。
これ以上聞いても。
今は答えそうにない。
「……そっか」
小さく息を吐く。
その時。
視界の端に。
白いものが映った。
「……!」
少し離れた木の根元。
そこにも。
薄い霜が残っている。
「兄さん……」
ヒルトの意識が、ほんの一瞬だけそちらへ向いた。
肩のキャンバスが。
ピクリと動く。
「……?」
二つの目が。
同時に右へ向いた。
次の瞬間。
バチッ。
「え――」
青白い何かが。
視界の端を横切った。
一瞬。
本当に。
それだけだった。
風が遅れて吹き抜ける。
「…………」
ヒルトの髪が揺れる。
思わず目を細める。
「今……」
振り返る。
「…………え?」
いない。
そこにいたはずのラグナが。
消えている。
地面には。
千切れた拘束の術式。
引きずられた跡。
そして。
僅かに焦げたような土。
「…………」
ヒルトは目を見開く。
「何……今の」
キャンバスを見る。
白いカメレオンは答えない。
ただ。
二つの目で。
森の奥。
同じ方向を追い続けていた。
「見えたの?」
キャンバスの尾が揺れる。
「…………」
ヒルトもその方向を見る。
だが。
もう何もいない。
気配も。
足音も。
鎖の音さえ聞こえない。
「速すぎる……」
小さく呟く。
「人……だったのかな」
答えはない。
追うか。
一瞬だけ迷う。
だが。
ヒルトの視線は再び。
木の根元へ残った霜へ向いた。
「…………」
右腕はまだ重い。
身体も限界。
ラグナを連れ去った何者かを追える状態ではない。
それに。
今、一番追わなければならないものは。
別にある。
「……ごめん」
誰に対してなのか。
自分でも分からないまま呟く。
ヒルトは《ツインコード》を収めた。
「行こう、キャンバス」
白いカメレオンが肩へ戻る。
「兄さんは……この先にいる」
ヒルトは再び歩き出す。
足を引きずりながら。
白い霜を追って。
さらに森の奥へ。
その背後。
遥か離れた木々の間を。
青白い光が。
一瞬だけ走り抜けていった。




