↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
222/475

指名手配

          ◇


 ヒルトは獣の森のさらに奥へ進んでいた。


 霜の痕跡は、まだ途切れていない。


 木の幹。


 岩肌。


 踏み荒らされた草の先。


 ほんの僅かに残った白い霜が、森の奥へと続いている。


「…………」


 ヒルトは足を止めず、その跡を追った。


 間違いない。


 氷属性は希少だ。


 これだけの冷気を残せる人間を、ヒルトは一人しか知らなかった。


「兄さん……」


 小さく呟く。


 返事はない。


 肩に乗ったキャンバスの白い尾が、ヒルトの首元へ少し強く巻きついた。


「大丈夫だよ」


 ヒルトは白いカメレオンの頭を撫でる。


「もう少しだから」


 そう言ったものの。


 身体は、とっくに限界へ近づいていた。


 足が重い。


 息も浅い。


 三日前にガイストを飛び出してから、まともに休めていない。


 それでも。


 止まりたくなかった。


 五年間。


 ずっと探していた。


 やっと兄へ繋がるものを見つけたのだから。


 ザッ。


「……!」


 ヒルトの足が止まった。


 キャンバスの二つの目が別々の方向へ動く。


 右。


 左。


 そして。


 二つの目が同時に、前方の茂みへ向いた。


「…………」


 ヒルトの手が、ゆっくり《ツインコード》へ伸びる。


「誰?」


 返事はない。


 風が吹く。


 葉の擦れる音だけが森に響く。


「……出てきて」


 ヒルトは静かに告げた。


「そこにいるんでしょ」


「…………」


 数秒。


「ちっ」


 低い舌打ち。


 茂みを掻き分け、一人の男が姿を現した。


 大柄な男だった。


 汚れた外套。


 剥き出しになった太い腕には、いくつもの古い傷。


 そして手には。


 鎖で繋がれた巨大な鉄杭。


 ジャラ……。


 鎖を引きずりながら、男がヒルトを見る。


「なんだよ」


 露骨に顔をしかめた。


「ガキじゃねぇか」


「…………」


 ヒルトは男の顔を見つめる。


 見覚えがあった。


 軍にいた頃、何度か目にした指名手配書。


「……ラグナ・ヴィゼル」


「あ?」


 男――ラグナの眉が動いた。


「俺を知ってんのか?」


「指名手配書で見た」


「…………」


 ラグナの目つきが変わる。


 ヒルトの服装。


 腰の二丁拳銃。


「お前、ガイストの軍人か?」


「……元、かな」


「元?」


「三日前に辞めたから」


「は?」


 ラグナが眉間に皺を寄せる。


「じゃあ、なんで俺の前で銃に手ぇかけてんだよ」


「…………」


 ヒルトは少し考えた。


「癖?」


「聞くなよ」


「僕もよく分からないんだ」


「変なガキだな……」


 ラグナが呆れたように息を吐く。


「だったら話は簡単だ。もう軍人じゃねぇんだろ?」


「うん」


「俺を見なかったことにしろ」


「それは無理かな」


「なんでだよ」


「指名手配犯だって知ってるから」


「だからお前、もう軍人じゃ――」


「それはそれ」


「…………」


 ラグナのこめかみが僅かに動いた。


「面倒くせぇな、お前」


「よく言われる」


 ヒルトは《ツインコード》から手を離さない。


「でも、その前に一つ聞きたい」


「あ?」


「この辺で――」


 ヒルトの表情が変わる。


「氷を使う男を見なかった?」


「…………」


 一瞬。


 ラグナの目が泳いだ。


「……知らねぇな」


「今、知ってる顔した」


「してねぇよ」


「したよ」


「してねぇ」


「した」


「…………」


 ラグナが大きく息を吐いた。


「しつけぇな……!」


「どこにいるの?」


「知らねぇって言ってんだろ!」


「じゃあ、なんでここにいるの?」


「あ?」


「この森で何してるの?」


「お前に関係ねぇだろ」


「…………」


 ヒルトの目が細くなる。


 ラグナも鉄杭を握り直した。


 ジャラ……。


 鎖が地面を擦る。


「最後に言うぞ」


 ラグナが低い声で告げる。


「見なかったことにして帰れ」


「…………」


「その身体で俺とやるつもりか?」


「……分かる?」


「当たり前だろ」


 ラグナが鼻で笑う。


「足取りはフラフラ。息も上がってる。顔色も最悪だ」


「…………」


「死にてぇのか?」


「死にたくはないよ」


 ヒルトは答えた。


「帰るって約束したから」


 リンゴの木の下。


 泣いていたフィリアの顔が浮かぶ。


「だったら帰れ」


「でも」


 ヒルトは《ツインコード》を抜いた。


「兄さんを見つけるまでは帰れない」


 二つの銃口をラグナへ向ける。


「教えて」


「…………」


「氷を使う男は、どこにいる?」


「知らねぇっつってんだろ!」


 ラグナが鉄杭を振り上げた。


 同時に。


 パンッ!


 銃声が森に響く。


 ギィン!


 ラグナが鉄杭で弾丸を弾いた。


 弾かれた弾丸が、近くの木へ突き刺さる。


「聞かせてもらうよ」


「上等だ!」


 鎖が唸る。


 巨大な鉄杭が横薙ぎに迫った。


「……!」


 ヒルトは身を沈める。


 頭上を鉄杭が通過した。


 そのまま地面を転がり――


 パンッ! パンッ!


 二発。


「遅ぇ!」


 ラグナが鎖を引く。


 戻ってきた鉄杭が一発を弾く。


 もう一発はラグナの横を抜け、地面へ突き刺さった。


「ハッ!」


 ラグナが笑う。


「どこ狙ってやがる!」


「…………」


 ヒルトは何も答えない。


 再び銃口を向ける。


「――《加速》」


 銃身に刻まれた術式が淡く光る。


 パンッ!


「!」


 弾丸が一気に速度を増した。


「ちっ!」


 ラグナが鉄杭を盾にする。


 ギィン!


「ぐっ……!」


 衝撃で、鉄杭が僅かに押し戻された。


「なんだ今の……」


「術式」


「あ?」


「《ツインコード》に組み込んでるんだ」


「へぇ……」


 ラグナがニヤリと笑った。


「それがお前の切り札か」


「まあ……そんなところかな」


「くだらねぇ!」


 ラグナが踏み込む。


 鎖が大きく弧を描いた。


「潰れろ!」


「……!」


 ヒルトが後ろへ跳ぶ。


 避けた。


 はずだった。


「っ……!」


 身体がついてこない。


 鉄杭の先端が右腕を掠めた。


 ラグナの口元が吊り上がる。


「《重圧》」


 ズンッ。


「――っ!?」


 右腕が落ちた。


 《ツインコード》を握ったまま、地面へ引き寄せられる。


「なに……これ……!」


「俺の固有術だ」


 ラグナが鉄杭を肩へ担ぐ。


「《重圧》」


「…………」


「俺の攻撃が触れた場所を重くする」


 ヒルトは右腕へ力を込める。


「っ……!」


 上がらない。


「無駄だ」


 ラグナが笑う。


「そんな細腕じゃ持ち上がらねぇよ」


「……困ったな」


「今さら後悔したか?」


「右、使えないのは困る」


「そういう意味じゃねぇよ!」


 ラグナが駆ける。


 ヒルトは左の《ツインコード》を構えた。


 パンッ!


 ラグナが鉄杭で弾く。


 ギィン!


 弾丸が岩へ跳ねた。


「また外れだ!」


「…………」


 ヒルトは左手を腰へ伸ばす。


 今度は銃ではない。


 一本の小型ナイフ。


「なんだそりゃ?」


「ナイフ」


「見りゃ分かる!」


 ヒルトが投げる。


 ラグナが身体を逸らす。


 ナイフは横を通り過ぎ――


 木の幹へ突き刺さった。


「ハッ!」


 ラグナが笑う。


「銃だけじゃなくナイフまで下手くそか!」


「……ひどいな」


 鉄杭が飛ぶ。


 ヒルトが避ける。


 もう一本。


 ナイフを投げる。


 外れる。


 地面へ突き刺さる。


「何本持ってんだよ!」


「色々持ち歩くの好きなんだ」


「ガキか!」


「よく言われる」


「さっきからそればっかじゃねぇか!」


 ラグナが距離を詰める。


「……っ」


 ヒルトの呼吸が乱れる。


 速い。


 いや。


 ラグナが速いんじゃない。


 自分が遅い。


 分かっているのに。


 身体が動かない。


「ほら!」


「……!」


 鉄杭が頬を掠める。


 血が飛んだ。


 ヒルトは外套の内側へ手を入れる。


 取り出したのは、掌ほどの球体。


 手榴弾型の魔器。


 それを放る。


「そんなもん!」


 ラグナが大きく後ろへ跳んだ。


 バンッ!


 衝撃が広がる。


 だが。


 距離を取ったラグナには届かない。


「ハッ!」


「…………」


「何がしてぇんだ、お前!」


 ヒルトは答えない。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐く。


 右腕はまだ重い。


 額から汗が落ちる。


 それでも。


 左の《ツインコード》を構え直した。


 パンッ!


「また外れ!」


 弾丸がラグナの横を抜け、木へ突き刺さる。


 ヒルトはまたナイフを抜く。


「まだ投げんのかよ!」


 投げる。


 今度はラグナの足元へ。


「ハッ! 当てる気あんのか?」


「…………」


 さらに。


 手榴弾型の魔器を放る。


 ラグナが避ける。


 バンッ!


「無駄だって!」


「…………」


 銃弾。


 ナイフ。


 小さな魔器。


 戦いが続くほど。


 少しずつ。


 森の中へ散らばっていった。


 木の幹。


 草むら。


 岩陰。


 地面。


「……はぁ……」


 ヒルトは荒い息を吐きながら。


 また。


 一発。


 引き金を引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。