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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

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森のさらに奥

          ◇


 五年前。


 ヒルトは十四歳だった。


 獣の森周辺で、奇妙な事件が続いていた。


 任務へ向かった兵士が帰ってこない。


 調査に入った精霊術師まで消息を絶つ。


 一人、また一人。


 行方不明者は増え続けていた。


 そして――


 人間だけではなかった。


 獣の森周辺にいた精霊たちまで、その数を減らしていた。


 原因を調査するため、ガイストは軍を派遣した。


 その中に。


 兄がいた。


 リヒト・エルナー。


 そして――


 隊長に着任したばかりだったアーヴェル・クロイツ。


 まだガイスト最強の術師ではないセリオ・バルディア


 三人は獣の森へ向かった。


 ヒルトが知っているのは、そこまでだった。


 森の中で何があったのか。


 何を見つけたのか。


 誰と戦ったのか。


 詳しいことは、何も知らない。


 ただ――


 帰ってきた兄の姿だけは、今でも覚えている。


「…………」


 ヒルトは霜の張った葉から指を離した。


 あの日。


 リヒトは酷く消耗した状態でガイストへ戻ってきた。


 治療を受けるためだった。


 そして――


 冬が来た。


 本来なら、まだ来るはずのない冬が。


 空から白い雪が降った。


 初めは誰も、それが何を意味するのか分からなかった。


 季節外れの雪。


 珍しいこともある。


 その程度だった。


 だが。


 雪は止まなかった。


 川が凍った。


 湖が凍った。


 森から色が消え。


 街の屋根が白く染まった。


 そして。


 本来なら次の季節が訪れるはずの日を迎えても――


 冬は終わらなかった。


 一月。


 二月。


 半年。


 それでも雪は降り続けた。


 やがて人々は、それを異常気象とは呼ばなくなった。


 原因が分かったからだ。


 ――リヒト・エルナー。


 兄の身に起きた異変。


 それが、ガイスト全土へ影響を及ぼしていた。


 春は来なかった。


 夏も。


 秋も。


 一年間。


 ガイストには冬しかなかった。


 そして兄は――


 姿を消した。


「…………」


 ヒルトは俯いた。


 それからだ。


 リヒト・エルナーという名前が、別の意味を持つようになったのは。


 軍人ではない。


 誰かを守る人でもない。


 国から季節を奪った男。


 大罪人。


 危険人物。


 それが。


 世間の知る、リヒト・エルナーになった。


「……違う」


 小さく声が漏れた。


 何が違うのか。


 ヒルト自身にも、分からない。


 兄が原因だったことは事実だ。


 一年間の冬によって、多くの人が苦しんだことも知っている。


 だから。


 兄は悪くない。


 そんなことを言うつもりはない。


 ただ――


「何があったんだよ……」


 それだけが分からなかった。


 獣の森へ向かう前。


 兄はいつもの兄だった。


 それなのに。


 帰ってきた時には、何もかもが変わっていた。


「…………」


 ヒルトは拳を握った。


 聞きたかった。


 五年前から、ずっと。


 なのに。


 兄は何も答えないまま消えた。


          ◇


 あの年。


 変わったのは、兄だけではなかった。


 ヒルト自身もそうだった。


 十歳でアカデミアへ入学した頃。


 いつも一緒にいた二人がいた。


 ログ。


 そして――ゼン。


 三人で授業を受けて。


 三人で遊んで。


 時には三人揃って怒られて。


 アカデミアへ入学する時には、ゼンの魔器を買いにログの家の鍛冶屋へ行った。


 たくさん並んだ魔器の中から。


 ヒルトがゼンに選んだもの。


 拳へ装着する魔器。


 その名前まで、ヒルトがつけた。


 ――《クラッシャー》。


「…………」


 今でも。


 ゼンはあれを使っている。


 けれど。


 十四歳。


 兄の事件が起きたあの年から。


 三人の関係も変わった。


 ゼンにいじめられるようになった。


 人と接することが怖くなった。


 誰かに話しかけられても、何を言えばいいのか分からなくなった。


 だったら。


 最初から関わらなければいい。


 そう思うようになった。


 いつしか。


 臆病者。


 そう呼ばれるようになった。


「…………」


 ヒルトは目を閉じる。


 脳裏に浮かんだのは。


 三日前。


 リンゴの木の下で見たフィリアの顔。


『このバカヒール!』


「…………」


 ヒルトは僅かに口元を緩めた。


「……あいつ、まだ怒ってるかな」


 怒ってるだろうな。


 きっと。


「帰ったら……また殴られそう」


 キャンバスの丸い目がヒルトへ向く。


「何?」


 もう片方の目までこちらを向いた。


「帰るよ」


 ヒルトはキャンバスの頭を指先で軽く撫でる。


「ちゃんと帰る」


 フィリアに言われた。


 逃げるなと。


 だから。


 もう逃げない。


「でも、その前に」


 ヒルトは顔を上げた。


 森の奥を見る。


「兄さんに会わないと」


 五年前。


 ここで何があったのか。


 どうして人喰らいになったのか。


 なぜ何も言わず消えたのか。


「全部聞く」


 返事をしてくれるかなんて分からない。


 今の兄が、自分を覚えているのかさえ分からない。


 それでも。


 今度は。


 自分から会いに行く。


「行こう、キャンバス」


 白いカメレオンの尾が、ヒルトの首元へ巻きつく。


 ヒルトは《ツインコード》へ手を添えた。


 そして。


 霜が残る方向へ向かって、一歩を踏み出す。


「待ってて」


 五年間、呼び続けた人へ。


「兄さん」


 ヒルトは獣の森のさらに奥へと進んでいった。

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