またこの森なんだね
ヒルトが獣の森を目指したのは、勘ではない。
五年間。
兄が姿を消してから、ずっと情報を集め続けていた。
軍の記録。
各地から届く報告書。
任務から戻った兵士たちの話。
噂程度のものにまで目を通した。
その中で、ヒルトが特に気にしていたものがある。
――氷。
季節外れの霜。
雪の降らない土地で、僅かな範囲にだけ降った雪。
不自然に凍りついた川。
氷漬けになった魔獣。
氷属性は希少だ。
少なくともヒルトは、兄以外にその力を持つ者を知らない。
もちろん。
報告の全てが兄によるものだとは限らない。
自然現象かもしれない。
別の原因があるのかもしれない。
だから今までは、どれだけ調べても確信を持てなかった。
けれど。
ヴォルグでアルトが見た男。
その特徴は、兄と一致していた。
そこで初めて。
今まで集めてきた情報を、もう一度洗い直した。
ヴォルグでの目撃。
その前後に報告された、不自然な凍結。
地図の上で一つずつ繋いでいく。
そして。
辿り着いた先が――
獣の森だった。
「…………」
ヒルトの足が止まった。
「……?」
視線の先。
一本の低木。
周囲と変わらない、何の変哲もない木。
だが。
一枚だけ。
葉の先が白く染まっていた。
「…………!」
ヒルトが駆け寄る。
しゃがみ込み、恐る恐る手を伸ばした。
指先が触れる。
「……冷たい」
霜。
間違いない。
ヒルトの鼓動が大きくなる。
周囲の葉には何もない。
この一枚だけ。
この季節に。
この森で。
氷。
「…………」
指先が僅かに震えた。
「兄さん……」
五年間。
どれだけ探しても、見つからなかった。
その人が。
今は。
同じ森のどこかにいるかもしれない。
「……やっと」
小さく息を吐く。
「やっと……ここまで来た」
キャンバスが肩から腕へ移り、ヒルトの手元を覗き込む。
「見て、キャンバス」
霜のついた葉を指差す。
「兄さんだよ」
僅かに笑う。
「きっと、この近くにいる」
だが。
その笑みは長く続かなかった。
「…………」
ヒルトはゆっくりと顔を上げた。
周囲に広がる森。
太い木々。
日の届かない薄暗い獣道。
胸の奥に。
別の記憶が浮かび上がる。
「……また」
ヒルトの表情が曇る。
「この森なんだね」
五年前。
兄が最後に任務へ向かった場所も――
獣の森だった




