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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

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獣の森

           ◇


 ガイスト出発から3日後、道すがら宿で身体を休め、ようやく着いた獣の森は——————妙だった


 初めのうちは辛うじて残っていた道も、いつしか完全に消えていた。


 太い木の根が地面を這い、頭上では枝葉が幾重にも重なっている。


 昼間だというのに薄暗い。


 聞こえてくるのは、湿った土を踏み締める自分たちの足音と、風に揺れる葉の音ばかり。


「…………」


 アルトは歩きながら、何度も周囲を見回していた。


 右。


 左。


 時折、振り返って後ろまで確認している。


「アルト、どうしたの?」


 フィリアが声をかける。


「……やっぱり変だ」


「変?」


「うん」


 アルトは木々の奥へ目を凝らした。


「静かすぎる」


「静か……?」


「前に来た時は、もっと魔獣がいたんだ」


 アルトが耳を澄ませる。


「姿が見えなくても、鳴き声とか、草むらを走る音とか……もっと色んな音がしてた」


「…………」


 言われて、フィリアも耳を澄ませた。


 風に揺れる葉。


 枝の軋む音。


 自分たちが土を踏む音。


 それくらいしか聞こえない。


「……確かに」


 フィリアは《遠音》へ手を添えた。


「静かすぎるね」


 先頭を歩いていたシオンが足を止めた。


「ルールー」


「は、はい!」


「周囲に魔獣の気配はありますか?」


「え、えっと……」


 ルールーが周囲を見回す。


 少しの間、意識を集中させ――小さく頷いた。


「います。さっきから何度か気配は感じています」


「いるんだ?」


 フィリアが辺りを見回す。


 しかし。


 やはり魔獣の姿はない。


「は、はい。ただ……」


 ルールーが不安そうに眉を下げた。


「なんていうか……遠巻きに見られているような……」


「…………」


 シオンの目が細くなる。


 静かな森を見渡し、しばらく何かを考えていた。


「分かりました。引き続き警戒を」


「はい!」


「フルケ」


「あ?」


「前方だけでなく左右も確認してください」


「分かってるって」


「返事は?」


「……はい」


 ゼンが面倒そうに答える。


「リーベ君」


「はい!」


「後方をお願いします」


「了解です!」


「アルト君は私から離れないように」


「はい!」


 再び一行は歩き始めた。


 フィリアは後方へ注意を向けながら、《遠音》を握る。


 魔獣がいないわけではない。


 いる。


 なのに姿を見せない。


 まるで――


 自分たちを避けているような。


「…………」


 胸の奥にあった嫌な予感が、また少しだけ大きくなる。


 その時だった。


 ガサッ。


「……!」


 右手の茂みが大きく揺れた。


「止まってください!」


 シオンの声。


 全員の足が止まる。


「何かいる……」


 アルトが身構えた。


 ガサガサッ!


 今度はさらに大きく揺れる。


「リーベ君、後ろへ」


「はい!」


「フルケ、右を」


「分かってる!」


「ルールーは下がってください」


「は、はいぃ!」


 次の瞬間。


「グルァァァァッ!」


 茂みを突き破り、巨大な影が飛び出した。


「うわっ!」


 アルトが飛び退く。


 灰色の毛皮に覆われた巨体。


 熊にも似た身体。


 頭部からは二本の太い角が伸びている。


 荒い息を吐きながら、魔獣がこちらを睨みつけた。


「魔獣!」


 フィリアが短弓《遠音》を構える。


 ゼンも袖の下へ手を伸ばした。


「グルルルル……!」


 魔獣が低く唸る。


 前脚が地面を掻いた。


 土が抉れる。


「来ます!」


 ルールーが叫ぶ。


 魔獣が地面を蹴った。


「散開してください!」


 シオンの指示が飛ぶ。


 フィリアとゼンが左右へ跳ぶ。


 アルトも《砕》を抜きながら距離を取った。


 だが。


「隊長!」


 魔獣が狙ったのはシオンだった。


 巨体が一直線に迫る。


 それでもシオンは退かない。


 右手を静かに前へ出した。


 その掌に。


 ぽたり。


 一滴の水が浮かんだ。


「――霊器」


 水滴が淡い光を放つ。


「《穿雫(せんだ)》」


 パシャッ。


 一滴の水が弾けた。


 水色の光がシオンの手元から一気に伸びていく。


 細く。


 長く。


 やがて光が消え――


 その手には、一本のランスが握られていた。


 長い柄。


 先端から伸びる、鋭く長大な円錐状の穂先。


 その根元には筒状の機構が備わり、柄の反対側にも短い刃が伸びている。


 ただ一点。


 目の前にあるものを穿つためだけに研ぎ澄まされたような槍。


 シオンは《穿雫》を両手で握る。


 腰を落とし。


 迫る魔獣へ、その長大な穂先を向けた。


「アルト君」


「はい!」


「私の後ろへ」


「……はい!」


「リーベ君、フルケ」


 二人がシオンを見る。


「左右からお願いします」


「了解!」


「任せろ!」


 魔獣が咆哮する。


「グルァァァァッ!」


 地面を蹴った。


 シオンは《穿雫》を構えたまま。


 ただ静かに――


 迫る巨体を見据えていた。

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