↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
入隊試験

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
215/470

地眼

          ◇


 ガイストを出てから、数時間が経った。


 朝日はすっかり昇り、南へ続く街道を明るく照らしている。


 先頭を歩くのはシオン。


 そのすぐ後ろをルールーが歩き、ゼン、フィリアと続く。


 アルトは最後尾で、時折周囲の景色へ目を向けながら歩いていた。


「…………」


 フィリアは何度目か分からないほど、街道の先を見る。


 昨日からずっと頭から離れない。


 ヒルトは今、どこにいるのか。


 自分たちより先に出発しているのなら、もうかなり遠くまで進んでいるかもしれない。


「フィリア」


「ん?」


 隣に並んだアルトが声をかける。


「さっき聞けなかったけど」


「…………」


「ヒルト、どうしたの?」


 フィリアの足が僅かに遅くなった。


「……昨日ね」


「うん」


「軍、辞めた」


「…………」


 アルトの足が止まる。


「え?」


「だから……」


 フィリアも立ち止まり、振り返った。


「ヒール、軍辞めちゃったの」


「えぇ!?」


「うるせぇ!」


 前を歩いていたゼンが振り返る。


「急にでけぇ声出すな!」


「だってヒルトが軍辞めたって!」


「どうでもいいだろ、あんな奴」


「よくない!」


「あぁ?」


「アルト君」


 先頭からシオンの声が飛んできた。


「歩いてください」


「あ、はい!」


 アルトは慌てて歩き出す。


「……耳いいなぁ」


 小さく呟きながら、再びフィリアの隣へ並んだ。


「なんで急に?」


「リヒトさん」


「……!」


「アルトがヴォルグで見たって話、聞いてたみたい」


「俺とバルガス隊長の……」


「うん。試験の時に、たまたま聞いちゃったんだって」


「…………」


 アルトは俯いた。


「俺がもっと早くヒルトに言ってれば……」


「それは違う」


 フィリアがすぐに遮った。


「ヒールも言ってたよ。アルトは悪くないって」


「でも……」


「悪いのはヒール!」


 フィリアは拳を握った。


「怪我治ったばっかりなのに、一人で勝手に行ったヒールが悪い!」


「……そっか」


 アルトも思い出す。


 ヴォルグで負った傷。


 ユノのおかげで予定より早く復帰できたとはいえ、つい最近まで療養していたのだ。


「大丈夫かな……」


「大丈夫じゃないから怒ってるの!」


「見つけたらどうするの?」


「ボコす」


「怪我人だよ?」


「…………」


 フィリアが少し考える。


「一発」


「殴るんだ……」


「軽く!」


「それなら……いいのかな?」


「よくねぇだろ」


 前からゼンの声が飛んできた。


 フィリアの眉がぴくりと動く。


「なに?」


「くだらねぇって言ってんだよ」


 ゼンは振り返りもせずに続ける。


「軍まで辞めて兄貴探し? 馬鹿じゃねぇの」


「ゼン」


「あ?」


「次ヒールの悪口言ったら、森に着く前に埋めるよ?」


 ゼンが振り返った。


「やってみろよ」


「やる?」


「お、お二人ともぉ……」


 弱々しい声が割って入る。


 ルールーがおずおずと二人を見ていた。


「け、喧嘩は……その……よくないですぅ……」


「…………」


「…………」


 二人の視線が同時に向く。


「ひぃっ!」


 ルールーは慌ててシオンの後ろへ隠れた。


「た、隊長ぉ……!」


「私を盾にしないでください」


「す、すみませぇん!」


「…………」


 アルトが思わず笑う。


 その時。


「……ん?」


 ルールーの足元。


 淡い光が、ちょこちょこと動いているのが見えた。


「あ!」


 アルトの目が輝く。


「ルールーさん!」


「ひゃい!?」


「その子、精霊ですよね?」


「え?」


 ルールーは自分の足元を見る。


「あ……リルですか?」


「リル?」


「は、はい」


 アルトには淡い光しか見えない。


 そこに精霊がいることは分かる。


 だが、どんな姿をしているのかまでは分からない。


「どんな精霊なんですか?」


「えっ?」


「俺、本当の姿は見えないから」


「あ……」


 ルールーは少し驚いたようにアルトを見る。


 それから足元の光へ視線を落とした。


「カ、カワウソです」


「カワウソ!」


 アルトが一気に食いつく。


「どれくらいの大きさですか?」


「えっと……」


 ルールーが両手を広げる。


「こ、このくらいで……」


「毛は?」


「ふ、ふわふわです」


「可愛い!」


「は、はい。すごく人懐っこい子で――」


 ぴくっ。


 淡い光が止まった。


「……?」


 アルトが少し近づく。


 すると。


 光は、さっとルールーの後ろへ隠れてしまった。


「あ」


「リ、リル?」


「…………」


 アルトの肩が落ちる。


「逃げられた……」


「あ、あのぉ……」


 ルールーがおろおろし始める。


「リル、本当に人懐っこい子なんですけど……」


「それ余計に傷つきます……」


「ひぃ!? ご、ごめんなさいぃ!」


「ルールーさんが謝ることじゃないですよ!」


「す、すみません!」


「だから謝らなくて大丈夫ですって!」


「ふふっ」


 フィリアが吹き出した。


「フィリア!」


「ごめんごめん!」


 アルトは頬を膨らませる。


 そしてもう一度、ルールーの後ろに隠れた淡い光を見た。


「……カワウソかぁ」


 昨日、ミレイアに言われた言葉を思い出す。


 ――嫌われていると決まったわけじゃない。


「いつか……」


 アルトは小さく笑った。


「ちゃんと見てみたいな」


「…………」


 ルールーが少し不思議そうにアルトを見る。


 その時だった。


「止まってください」


 シオンの声。


「……!」


 一瞬で空気が変わった。


 全員が足を止める。


 シオンは街道の端を見つめていた。


 土の上。


 僅かに乱れた地面。


「フルケ」


「あいよ」


 ゼンが前へ出た。


 しゃがみ込み、地面へ視線を落とす。


 先ほどまでの粗暴な態度が消える。


「《地眼》」


 茶色の瞳に、淡い光が宿った。


「…………」


 地面の凹凸。


 踏み潰された草。


 僅かに崩れた土。


 ゼンはそれらをじっと見つめる。


「一人」


 フィリアの表情が変わった。


「人?」


「多分な」


「いつ通ったの?」


「急かすな」


 ゼンが目を細める。


「……そんなに経ってねぇ」


 シオンが隣へ立つ。


「方向は?」


「そっち」


 ゼンが指差した。


 南へ続く街道――ではない。


 そこから外れた、細い道。


 獣の森がある方角へ続いている。


「…………」


 フィリアが息を呑む。


「ヒール……?」


「まだ決めつけないでください」


 シオンが静かに告げる。


「……はい」


「ですが、確認する価値はあります」


 シオンは細い道へ目を向けた。


「ここから捜索を開始します」


          ◇


 街道を外れてから、しばらく。


 人の手が入らなくなった道は、徐々に険しくなっていった。


 草木も増え始めている。


 まだ獣の森ではない。


 だが、確実に人里からは離れていた。


「フルケ」


「残ってる」


 ゼンが歩きながら地面を見る。


「一人で間違いねぇ。ずっと南に向かってる」


「歩き方は?」


「普通……」


 ゼンの眉が寄る。


「いや」


 少し先の地面へ移動する。


「時々乱れてんな」


「乱れてる?」


 フィリアがすぐに反応した。


「疲れてんのか、怪我してんのか……そこまでは分かんねぇよ」


「…………」


 フィリアの胸がざわつく。


 怪我。


 嫌でもヒルトが頭に浮かんだ。


「ルールー」


「は、はい」


 シオンが足を止める。


「《澪標》をお願いします」


「わ、分かりました」


 ルールーはその場にしゃがみ込んだ。


「アルト君……す、少し離れてもらってもいいですか?」


「はい」


 アルトが数歩下がる。


 ルールーは片手を地面へ添えた。


 静かに目を閉じる。


「…………」


 小さく息を吸う。


「《澪標》」


 ぽたり。


 一滴の水が地面へ落ちた。


 そこから。


 薄い水の膜が、音もなく広がり始める。


 草の根を伝い。


 木々の根元を抜け。


 岩肌を這い。


 幾つにも枝分かれしながら、周囲へ伸びていく。


「…………」


 ルールーの表情が変わった。


 先ほどまでの気弱な様子はない。


 目を閉じたまま、広がった水から伝わる感覚へ意識を集中させている。


「……右に、小さな反応が七つ」


「た、多分……小動物です」


 さらに集中する。


「左……大きいのが一つ」


「動いてます。こっちには向かってきてません」


 アルトが目を輝かせる。


「すごい……」


「前方は?」


 シオンが尋ねる。


「…………」


 ルールーが探る。


 数秒。


「人の反応は……ありません」


「…………そっか」


 フィリアの肩が僅かに落ちる。


「でも……」


 ルールーが目を開けた。


「《澪標》が届いていない場所まで進んでいるだけかもしれません」


「範囲の限界ですね」


「は、はい」


 ルールーが立ち上がる。


 アルトが首を傾げた。


「もっと遠くまで探せないんですか?」


「えっ」


「アルト君」


 シオンが答えた。


「できます」


「できるんですか?」


「ルールーは霊器使いです」


「……!」


 アルトの目が一気に輝く。


 ルールーが嫌な予感を覚えたように一歩下がった。


「霊器!?」


「ひぃっ!」


「どんなのですか!?」


「え、えっと……」


「見たい!」


「い、今は出しませんよぉ!」


「えぇー!」


 ルールーが慌てて両手を振る。


「霊器を発現すれば、《澪標》の範囲と感知能力は大幅に向上します」


 シオンが説明する。


「ですが、その分ルールーへの負担も増える」


「必要のない段階で使うものではありません」


「……なるほど」


 アルトは少し残念そうにしながらも頷いた。


「じゃあ、必要になったら見れるんですね!」


「そ、そこ楽しみにするところですかぁ……?」


「はい!」


「即答……」


 ルールーの肩が落ちた。


「行きます」


 シオンが再び歩き出す。


「《地眼》で痕跡を追える間は、温存します」


「は、はい」


「フルケ」


「分かってるよ」


 ゼンが先へ進む。


 フィリアもその後を追った。


「…………」


 足跡はまだ続いている。


 自分たちより先を行く、一人の人間。


(ヒール……)


 フィリアは前を見据えた。


 まだ。


 それがヒルトだという証拠はない。


 それでも。


 胸の奥の嫌な予感だけは――


 少しずつ、大きくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。