あんたは何?
◇
翌日・早朝――
「バカヒール……見つけたら絶対ボコす……」
まだ朝日も昇りきっていない任務の出発地点。
そこには、一人の少女が立っていた。
フィリア・リーベ。
昨日、ヒルトを止められなかった彼女は、アーヴェルへ無理を言ってリヒト・エルナー捜索任務へ割り込ませてもらっていた。
「人にあんなこと言っといて……一人で行くとか……」
ぶつぶつと文句を言いながら、腕を組む。
その姿は、普段のフィリアとは少し違っていた。
いつもの軍服ではない。
身につけているのは、黒を基調とした軽装。
動きを邪魔しない薄手の素材で作られており、身体を動かしてもほとんど衣擦れの音がしない。
上着の襟は高く、引き上げれば口元まで覆えるようになっている。
短弓《遠音》を携えたその姿は、正面から敵とぶつかる兵士というより、隠密行動を想定した装いだった。
「…………」
フィリアは辺りを見回す。
まだ他の隊員は来ていない。
「早く来すぎたかなぁ……」
その時だった。
「あ?」
背後から声がする。
「フィリアじゃねぇーか?」
「…………」
フィリアの眉がぴくりと動いた。
知っている声だった。
できれば、二度と聞きたくなかった声でもある。
「お前が今日、試験を受けるってやつか?」
フィリアがゆっくりと振り返る。
人を馬鹿にするような茶色の瞳。
金色の髪は、周囲を威嚇するかのように逆立てられている。
その顔を忘れるはずがなかった。
――ゼン・フルケ。
アカデミア時代の同期だ。
「……あんた、ここの隊だったんだ」
思わず声が低くなる。
私は、こいつが大嫌いだ。
アカデミア時代、何度断ってもしつこくデートに誘ってきた。
それだけなら、まだよかった。
何より許せなかったのは――
ヒルトをいじめていたこと。
「おいおい。来るならそう言ってくれよ」
ゼンが馴れ馴れしく近づいてくる。
フィリアは即座に一歩下がった。
「近づかないで」
「あ?」
「あんたのこと、許してないから」
「……あー?」
ゼンは少し考えるように首を傾げ――鼻で笑った。
「ああ、お前確か、あの雑魚と同じ隊だったよな?」
「…………」
フィリアの目つきが変わる。
「今回はあいつの兄貴の捜索だろ?」
ゼンは面倒そうに頭を掻いた。
「くそめんどくせぇ……」
大きな欠伸を一つ。
「どうせどっかで、のたれ死んでるだろうによぉ」
「黙れ」
「あ?」
「黙れって言ったの」
いつもの明るい声ではなかった。
ゼンは一瞬フィリアを見た後、にやりと笑った。
「おいおい、怖い顔するなよ」
「事実だろ?」
肩をすくめる。
「五年前に一度、国から季節をなくした奴だぞ?」
「…………」
「生きてたところで、ろくなもんじゃねぇだろ」
フィリアの拳が握られる。
「そういや――」
ゼンが何か思い出したように笑った。
「あの雑魚もいなくなったらしいなぁ!」
「……!」
「はっ! せいせいするなぁ!」
「…………」
「兄貴探しにでも行ったのか? 兄弟揃って――」
「ねぇ」
フィリアが遮った。
「あ?」
「さっきから雑魚、雑魚って言ってるけどさ」
フィリアはゼンを真っ直ぐ見る。
「あんた――」
口元だけで笑った。
「ヒルトに負けたじゃん」
「……!」
ゼンの顔が引きつる。
「…………てめぇ」
「あれ? 忘れた?」
「黙れ」
「アカデミアの時、あんなに馬鹿にしてたヒルトに負けたよね?」
「黙れっつってんだろ!」
「じゃあ、ヒルトが雑魚なら――」
フィリアが首を傾げる。
「あんたは何?」
「てめぇ!」
ゼンの手が伸びる。
フィリアの胸ぐらを掴もうとした、その瞬間。
「――そこまでにしてください」
静かな声が響いた。
ゼンの手が止まる。
「……あ?」
フィリアも声のした方へ目を向けた。
朝靄の向こうから、こちらへ歩いてくる3人の人影があった。




