研きゅ…検査②!
「じゃあ次は――」
ミレイアが一つの測定器をアルトの前へ運んできた。
「魔力の反応を見よっか」
「魔力?」
アルトは測定器を覗き込む。
「魔力量って、測れるんですか?」
「ある程度はね」
ミレイアはアルトの腕や胸元へ、小さな測定具を取り付けていく。
「人間の身体にも魔力があることは知ってる?」
「はい。バルガス隊長に教えてもらいました」
「おっ、ちゃんと勉強してるねぇ」
「ちゃんとってなんですか!」
「あはは、ごめんごめん」
ミレイアは笑いながら、測定具の位置を調整する。
「人間は身体の中に魔力を持ってる。でも、それを自分の意思で自由に扱うことはできない」
「はい」
「だから今回は、外から微量の魔素を与えて、その反応から君の中にある魔力量を測るの」
「なるほど……」
アルトは身体につけられた測定具を見る。
「これ、痛くないですよね?」
「痛くない、痛くない」
「本当に?」
「たぶん」
「やめます!」
「冗談だって!」
逃げようとするアルトの肩を掴み、椅子へ戻す。
「ほら、じっとしてて」
「絶対ですよ?」
「はいはい」
ミレイアが装置を起動した。
淡い光がアルトの身体を包み込む。
「…………」
アルトは言われた通り、じっとしている。
やがて。
測定器に次々と数値が表示され始めた。
「…………」
ミレイアの笑顔が消える。
「……ん?」
「どうしました?」
「…………」
「ミレイアさん?」
「ちょっと待って」
装置を止める。
「もう一回やるね」
「え?」
「動かないで」
「失敗したんですか?」
「いいから、いいから」
再び装置が起動する。
二度目。
表示された数値は、ほとんど変わらない。
「…………」
「壊れてます?」
「……その可能性を疑ってる」
「えぇ……」
ミレイアは立ち上がると、研究室の奥から別の測定器を引っ張り出してきた。
「念のため、こっちでも測ろっか」
「またやるんですか?」
「すぐ終わるから!」
三度目。
結果は――同じ。
「…………嘘でしょ」
「やっぱり壊れてる?」
「壊れてない」
ミレイアがゆっくりとアルトを見る。
先ほどまでのふざけた表情は、完全に消えていた。
「アルト君」
「はい?」
「君の身体にある魔力……」
測定結果へ視線を戻す。
「普通の人のおよそ五倍ある」
「……五倍?」
アルトはきょとんとした。
「それって……多いんですか?」
「多いなんてもんじゃないよ」
「へ?」
「ガイストの隊長たちだって、ここまではない」
「隊長たちより!?」
アルトが椅子から身を乗り出す。
「単純な魔力量だけならね」
ミレイアは人差し指を立てた。
「魔力量が多ければ強いってわけじゃないよ。人間は自分の魔力を自由に扱えないし、精霊術なら契約精霊との相性や本人の技量も重要」
「じゃあ、いっぱいあってもあんまり意味ない?」
「そんなことない」
ミレイアは首を横に振る。
「もしアルト君が精霊と契約できたら――」
測定結果を見ながら、少しだけ笑った。
「すごい術師になれるよ」
「……!」
アルトの瞳が輝く。
「本当ですか!?」
「うん。これだけの魔力を持ってる人なんて、私も初めて見た」
「精霊と契約……」
アルトは嬉しそうに自分の手を見る。
けれど。
「…………」
すぐに肩を落とした。
「でも、逃げられちゃうんですよね……」
「そうなんだよねぇ」
ミレイアは記録用紙へ数値を書き込みながら呟いた。
「魔力量は異常に多い」
「精霊には逃げられる」
「なのに、エーテルだけは逃げなかった……」
「…………」
ペンが止まる。
「あ」
「?」
「そういえば、もう一個あった」
ミレイアが立ち上がり、棚へ向かう。
「なんですか?」
「ヴォルグから帰ってきた時、アルト君の血液検査したでしょ?」
「あぁ……」
アルトの表情が露骨に曇った。
「しましたね……」
「なにその顔」
「だって注射嫌いなんですよ」
「フェルギアと戦えるのに?」
「それとこれとは別です!」
「あはは!」
ミレイアは笑いながら、一枚の記録を取り出した。
「これこれ」
紙を眺める。
「君の血液検査の結果」
「何か変だったんですか?」
「それがねぇ……」
ミレイアは眉を寄せた。
「普通」
「…………」
「…………」
「よかった!」
「そうなんだけどね」
「なんで残念そうなんですか!?」
「研究者としてはちょっとねぇ」
「俺は普通でよかったです!」
「はいはい」
ミレイアは笑いながら、血液検査の結果と先ほどの魔力量の記録を並べる。
「少なくとも、あの時に調べた範囲では人間と大きな違いは見つからなかった」
「血は普通」
もう一枚、紙を置く。
「でも魔力量は普通じゃない」
さらに、エーテルについて書かれた記録。
「精霊は君から逃げる」
「なのにエーテルは逃げなかった」
「…………」
ミレイアは腕を組んだ。
「アルト君」
「はい」
「君、調べれば調べるほど分かんなくなるね!」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか!」
「だって面白いんだもん!」
「俺は面白くない!」
「あははは!」
楽しそうに笑っていたミレイアだったが。
ふと、その表情が変わった。
「でもね」
「?」
「だからこそ、決めつけちゃダメなんだよ」
「決めつける?」
「うん」
ミレイアは精霊についての記録へ視線を落とす。
「アルト君」
「自分は精霊に嫌われてるって思ってるでしょ?」
「…………」
アルトは少しだけ俯いた。
「……はい」
「近づいたら逃げるし」
「俺を見ると、みんな怖がるから……」
「でも、それ」
ミレイアは静かに言った。
「違うかもしれないよ」
「…………え?」
アルトが顔を上げる。
「どういうことですか?」
「まだ仮説だけどね」
ミレイアはペンを指先で回しながら考える。
「君が何かしたから嫌われてる……って感じじゃないんだよね」
「じゃあ、なんで……」
「もっと本能的なものなんじゃないかな」
「本能的?」
「うん」
ミレイアがアルトを指差す。
「精霊たちは、君を見てから『嫌いだから逃げよう』って考えてるんじゃない」
「君の存在を感じた瞬間――」
指を鳴らす。
「考えるより先に、身体が逃げようとしてる」
「…………」
アルトの顔が引きつる。
「それって……」
「俺、怖がられてるってことですか?」
「可能性としてはね」
「やっぱりダメじゃん!」
「あははは!」
「笑わないでください!」
「ごめんごめん!」
ミレイアは笑いながら目元を拭う。
「でも、全然違うでしょ?」
「え?」
「嫌いだから逃げるのと、理由も分からず本能で逃げてしまうのは」
「…………」
「それに」
ミレイアはエーテルの記録を持ち上げた。
「君から逃げなかった精霊が、実際に一体いる」
「……エーテル」
「そう」
「だから少なくとも――」
ミレイアはアルトを見て、柔らかく笑った。
「アルト君が精霊に嫌われてるって証拠は、今のところ一つもないよ」
「……!」
アルトの目が大きく見開かれる。
「嫌われて……ない?」
「そこまでは言ってない」
「うっ……」
「でも」
ミレイアは笑う。
「嫌われてるって決まったわけでもない」
「…………」
アルトはしばらく何も言わなかった。
やがて。
「……そっか」
小さく呟く。
「そっかぁ……!」
顔いっぱいに笑みが広がった。
自分の魔力が普通の人の五倍あると聞いた時よりも。
隊長たちより多いと聞いた時よりも。
ずっと、嬉しそうだった。
◇
「……へへ」
現在。
軍事局の廊下で、アルトは握った拳を見つめていた。
「俺、魔力が普通の人の五倍もあるんだ」
それが一つ。
そして、もう一つ。
「精霊に嫌われてるって、決まったわけじゃない」
アルトにとっては。
そちらの方が、何倍も嬉しかった。
「……よし!」
先ほどまでの疲れ切った表情はどこへやら。
アルトは顔を上げる。
明日は、リヒト・エルナーの捜索任務。
そして――自分の最終試験。
「頑張ろ!」
アルトは軽い足取りで、廊下を歩き出した。




