研きゅ…検査!
◇
同時刻――
「やっと……終わった……」
軍事局の廊下を、一人の少年がふらふらと歩いていた。
アルトだ。
背中は丸まり、足取りは重い。
明日に迫った最終試験。
リヒト・エルナーの捜索任務へ参加するにあたり、ノアからミレイアの検査を受けるよう指示されていた。
任務に参加できる状態か確認する。
ただ、それだけのはずだった。
「絶対に……検査と関係ないこともされた気がする……」
傷の状態を確認され。
身体中に測定具を付けられ。
よく分からない機械に入れられ。
挙げ句の果てには、変な味の液体まで飲まされた。
「……味覚って、任務に関係あるのか?」
考えてみても分からない。
「途中から絶対、研究になってたよな……」
もう二度と、あの研究室へ一人では入らない。
アルトは心に固く誓った。
けれど。
「……でも」
ふと足を止める。
自分の右手へ目を落とし、ゆっくりと拳を握った。
「二つ、分かったことがある」
疲れ切っていた顔に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
◇
数時間前――
「アルトくぅぅぅん!」
「待ってたよぉぉぉぉ!」
「うわっ!」
研究室へ足を踏み入れた瞬間。
白衣を翻しながら、ミレイアが勢いよく飛びついてきた。
アルトは反射的に横へ避ける。
「あ」
目標を失ったミレイアは、そのまま――
ゴンッ!
「ぐへっ!」
顔面から壁へ激突した。
「…………」
アルトは恐る恐る近づく。
「だ、大丈夫……ですか?」
「ふんっ!」
「え?」
「捕まえた!」
「うわっ!」
突然振り返ったミレイアが、アルトの手首をがっしりと掴んだ。
その鼻からは、一筋の血が流れている。
「鼻血出てますよ!」
「問題なし!」
「ありますよ!」
「そんなことより!」
ミレイアの目が爛々と輝く。
「軍事局長から、アルト君が明日の任務に参加できる状態か調べてくれって言われたから……」
口元がにぃっと吊り上がった。
「いいよね?」
「いいよね?」
「何が!?」
「よーし! 早速、研きゅ――」
一瞬止まる。
「検査しよー!」
「今、研究って言ったじゃん!」
「気にしない、気にしない~」
「気になる!」
そのまま腕を引かれ、研究室の奥へ連行される。
「さてさて!」
アルトを椅子へ座らせると、ミレイアは分厚い記録用紙を手に取った。
「まずは基本的なところからね」
「は、はい……」
「アルト君は、精霊に逃げられる体質なんだよね?」
「……はい」
アルトは少しだけ肩を落とした。
「近づくと、みんな逃げちゃいます」
「それって、いつから?」
「いつから……」
腕を組み、記憶を辿る。
「んー……子供の頃からだと思います」
「何か心当たりは?」
「ないです」
「精霊に何かしたとか?」
「してないです!」
「あはは、ごめんごめん」
ミレイアは笑いながら、記録用紙へペンを走らせる。
「物心ついた頃には、すでに逃げられてた……っと」
「すみません」
「ん?」
「何も分からなくて」
「?」
ミレイアがきょとんとする。
「分かったよ? 今」
「え?」
「現状、分からないってことが分かった」
「…………?」
アルトは首を傾げた。
「それって、分かったことになるんですか?」
「なるよ」
ミレイアはペンをくるりと回した。
「何が分かっていて、何が分からないのか。それを知るのは大きな一歩だよ」
「心当たりはない。子供の頃からそうだった」
「少なくとも、これで調べる方向を少し絞れるでしょ?」
「なるほど……」
アルトは感心したように頷く。
「ミレイアさん、ちゃんと研究者なんですね!」
「どういう意味かなぁ?」
「いだだだだ!」
頬を引っ張られる。
「ご、ごめんなさい!」
「まったく!」
ミレイアは手を離すと、記録用紙を一枚捲った。
「それと……」
「?」
先ほどまでとは違い、その目が少しだけ真剣になる。
「記録では、君から逃げなかった精霊についても書いてあるね」
「……!」
アルトの表情が変わった。
「エーテル……」
「そう」
ミレイアは紙へ視線を落とす。
「ヴォルグで見つかり、消えた幼体精霊、エーテル」
ペン先で記録を軽く叩く。
「他の精霊は君が近づくだけで逃げようとする」
「でも、この子は違った」
「…………はい」
「容器越しとはいえ、自分から君の手に触れた」
「そして、レテちゃんの精霊と協力して君を助けた」
アルトは自分の掌を見る。
あの時の感触が蘇る。
透明な壁の向こう。
小さな手。
自分が掌を重ねた時。
あの子は逃げなかった。
「……怖がってなかったです」
アルトが小さく呟く。
「俺が近づいても」
「うん。そこが気になる」
ミレイアは頬杖をついた。
「どうしてエーテルだけは逃げなかったんだろうね?」
「…………」
「普通の精霊とエーテルに何か違いがあるのか」
「それとも――」
ミレイアがアルトを見る。
「君とエーテルの間に、何か特別な理由があるのか」
「俺と……?」
「まだ分かんないよ」
ミレイアはすぐに笑った。
「だから調べるの」
「…………」
「アルト君?」
アルトは少し考えてから、顔を上げた。
「俺、エーテルに会えますか?」
「え?」
「もう一回、会ってみたいです」
あの小さな精霊が、今どうしているのか。
元気なのか。
それも気になる。
けれど、それだけではない。
「俺から逃げない理由……知りたいです」
「……そっか」
ミレイアは少しだけ笑った。
「それもいつか調べよう」
「はい!」
「じゃあ!」
パンッ、と手を叩く。
「お話はここまで!」
「え?」
「ここからは身体の方を、隅から隅まで調べまーす!」
「…………」
アルトは立ち上がった。
「帰ります」
「なんで!?」
「今の言い方、絶対怖いやつだから!」
「大丈夫だって!」
「何が大丈夫なんですか!」
「痛いことばっかりじゃないから!」
「痛いことはあるんじゃん!」
研究室にアルトの声が響き渡った。
◇
それから。
アルトは身体のあちこちへ測定具を取り付けられた。
傷の状態。
骨や筋肉。
身体能力。
魔素に対する反応。
「はい、次これ飲んでー」
「うぇっ、なにこれ変な味!」
「はいはい、味覚はっと……」
「これ任務に関係あります!?」
「次いくよー!」
「聞いて!」
そんな、何のためにやっているのか分からない検査まで挟みながら。
延々と続いた検査の末。
「よーし」
ミレイアが一つの測定器をアルトの前へ運んできた。
「じゃあ次は――」
アルトの身体へ、いくつかの測定具を取り付けていく。
「魔力の反応を見よっか」
「……魔力?」
アルトは首を傾げた。




